第百四章 趣味の創作ダンジョン 2.新ダンジョン設計会議(その1)
『ご主人様? 何かお考えが?』
『あぁ、いやな、テオドラムとマーカスの国境の真上にダンジョンを造ったら、一体どうなるかと思ってな』
あ、従魔たちがぽかんとしてるな。
『場所が場所だけに、双方とも軍を突入させる訳にはいかんだろう? 明確な侵略行為になるからな。けど、自国に攻め込まれる可能性がある以上、放置する事もできん』
入り口らしき洞窟を双方に造っておけば良いだろう。
『ご主人様……ですが……冒険者なら……建前上は……侵入できるのでは……?』
『そこだ。テオドラムの冒険者はダンジョンアタックの経験がほとんど無い筈だろう? 侵入するのは難しいんじゃないか?』
『なるほど……』
『しかしだ、マーカスの冒険者がダンジョンに潜り込んで素材を持ち出すのを、指をくわえて見ている訳にもいかんだろう。その素材はひょっとしたらテオドラム領内で得たのかも知れないんだからな』
『テオドラム軍がマーカスの冒険者を威嚇するというわけですな』
双方の軍が国境――に出現したダンジョン――を挟んで睨み合ってくれれば、テオドラムは更に兵の動員が窮屈になるだろう。実に素敵な嫌がらせだ。
『あ、だったら、何も本当にダンジョンである必要は、無い訳ですか?』
『お、鋭いな、キーン。それがこの嫌がらせの肝になる。ダンジョンでも何でもない場所を巡って両軍が牽制を続けるんだからな』
クロウの説明を聞いた全員があんぐりと口を開ける。こんなの、質の悪い詐欺以外の何物でもない。
『でもぉ、ますたぁ、入れなぃんならぁ、いなくなるんじゃなぃですかぁ?』
酸っぱい葡萄の逸話と同じで、どうせ侵入できないダンジョンなら、冒険者たちも入ろうとしなくなるのではないか。そう、ライが疑念を呈する。
『いや、この場合は国が、立場上入れない自分たちに代わって、冒険者にダンジョンアタックしてもらう事を望む訳だからな。冒険者自体のモチベーションは関係ない』
とはいえ……そうだな、冒険者を惹き付ける要素はあった方が面白いか。
『ふむ……。冒険者が軍を出し抜いてでも入りたいと思うのは、どういうダンジョンだろうな?』
従魔たちは額を寄せ合って相談していたが、ここは当事者であるダンジョンコアやダンジョンマスターの意見を聞くべきではないかとの結論に落ち着いた。それもそうかと納得したクロウは、念話でダンジョンコアたちとダバル、おまけで精霊樹の爺さまに連絡する。テオドラム側の事情も知りたいと、イラストリア侵攻軍の指揮官――のアンデッド――にもついでに念話を繋ぐ。
『またぞろ厄介な事を考えついたのぉ……』
『俺は「ダンジョンの支配者」だからな。人間に迷惑を掛けるのが仕事だろう』
日夜使命に邁進しているんだからな。文句を言われる筋合いは無い。
『提督、無宿者を引きつけるものと言えば、昔も今も黄金では?』
うん、クリスマスシティーの意見は妥当だ。西部開拓史でもそうだしな。
『黄金か……コストがかかりそうだな』
『お待ち下さい、閣下、それにクリスマスシティー。餌が黄金だと過熱しませんか? 国を挙げての争いに発展する可能性が無きにしも非ずでは?』
むぅ……それは拙いか……。不用意に戦乱を招くと、難民が発生する可能性があるしな。それを避けるためにこういう迂遠な手段をとっているのに……。
『黄金以外でとなると……ペーター、何かないか?』
ペーター・ミュンヒハウゼン。テオドラムのイラストリア侵攻軍二個大隊を率いていた若手の将軍である。生前は将来を嘱望された逸材だったらしいが、アンデッドとなった今はクロウに仕える身である。尤も、密かに大の甘党である当人としては、砂糖や糖蜜が比較的自由に手に入る今の生活は夢のようなものであるらしい。オドラントで砂糖の生産が始まってからというもの、本人に言わせれば極楽のような――極楽とはアンデッドがいる場所ではないと思うが――生活を送っているそうだ。
『そうですね……テオドラムで慢性的に不足している木材や燃料、あるいは魔石などでしょうか』
『木材?』
『冒険者のダンジョンアタックの報酬としては、似つかわしくないような……』
『木こりさん?』
『いえ、ですから、テオドラムが望むものと言う事ですよ?』
次々と突っ込まれたペーターは、八方陳弁にこれ努めているが……燃料か。
『木材はともかく、燃料というなら石炭やコークスという手があるな』
『石炭?』
『マスター、何ですか、それ?』
『おや? 皆さんは石炭をご存じないのですか?』
クリスマスシティーが不思議そうに訊くが、俺もこの世界で石炭を見た事は無いからな。
『石炭……ですか。地中から掘り出される、石のように硬い炭の事なら聞いた事はありますが……』
『あぁ……私も書物で読んだ事はあります。実際に見た事はありませんし、見た事があるという者も知りませんが。沿岸諸国では時々使われているようです』
ふむ。ダバルとペーターの発言からして、存在自体は一部で知られているようだな。
『しかしクロウ様、冒険者は知らないのではないですか?』
『私もそう思います。冒険者が知らない以上、それを持ち帰る事も無いでしょうし、それなら石炭の事が知られる事も無いのでは?』
『テオドラム以外の国……この場合はマーカスですか? そのマーカスも燃料に食い付くかどうか判りませんし』
ふむ、それもそうか。と、なると……
『残るは魔石か……』
『しかし閣下、魔石が直に産出するダンジョンというのはありませんよ? 通常はモンスターを斃して得るのですが……その……閣下が召喚するモンスターは、いずれも強過ぎて……』
『あぁ……確かに……』
『お主の眷属なら、ドラゴン程度は余裕であしらえそうじゃからのう……』
『……間違いなく、冒険者の心が折れますね』
何だよ。モンスターは強くてなんぼだろ?




