第百三章 ターゲットは新金貨 5.小さな町で
本章最終話。少し短いです。
マーカス軍が駐留した場所に近い国境からテオドラム領内におよそ百キロ少々入った場所。ニコーラムとグレゴーラムを結ぶ街道の途中にある小さな村では、一人の男が恐怖に追い詰められていた。この男、運が好いのか悪いのか、スケルトンワイバーンが現れた当日に偶々国境付近に出向く用事があり、真っ黒で禍々しいスケルトンワイバーンが自分の方を目がけて飛んで来るのを目撃したのである。
テオドラム王家に亜人奴隷を仲介した一人であった。
ヴァザーリに現れた輝くようなスケルトンドラゴンの事は聞いている。そして、つい先頃シュレクで奴隷商人仲間のコーリーが、真っ黒なスケルトンワイバーンに襲われて命を落とした――少し情報が混乱している――のも聞いている。
亜人を迫害する者は、巨大なスケルトンモンスターに襲われて命を落とす羽目になる。そういう噂が流れているのも知っている。
そして、とうとう自分の目の前に五頭のスケルトンワイバーンが舞い降りた。俺の方を見ながら――考え過ぎなのだが――姿を消した。お前の事は知っているぞと言いたげに、これ見よがしに目の前に――目の前と言うには離れ過ぎているが――降り立った。
「冗談じゃねぇ……今度は俺の番だってのかよ……」
違う。
前にも言ったが、クロウはグレゴーラムとニコーラムの間を適当に指して、そこに降りるように指示しただけだ。そこから奥に進んだ場所に小さな町がある事も、そこに亜人奴隷をテオドラムに仲介した者が潜伏している事も、気付いてもいなかった。
「逃げるしかねぇが……どこへ?」
東側……最寄りの国境にはスケルトンワイバーンが潜んでいる。南下すればシュレクのダンジョン――ドラゴンが出たらしい――に近づく。北上すればイラストリア――亜人どもの本拠地が控えている。残された選択肢は西……首都ヴィンシュタットへ行くしか無いようであった。
斯くして男は夜逃げ同然に町を逃げ出す。男としては当然の選択であったが、不幸にしてタイミングが悪かった。国境の向こう側に進駐したマーカス軍の動きを探るために、テオドラム軍の斥候隊がこの町にやって来ていたのである。
マーカス軍の進駐とタイミングを合わせるかのように姿を消した男がいる。この情報が斥候隊の注意を引かない訳が無かった。
一つの不幸は斥候隊の、いや、この地に派遣された部隊の誰一人として、男が王家に亜人奴隷を仲介した人物である事を知らなかった事であろう。もしも知っていたら、男が逃げ出した事について別の理由を見い出したかもしれない。しかし現実にはその事を知らず、逃げ出した男に対する容疑は濃厚になっていったのである。
既に斥候隊の、そしてその原隊の間では、男はマーカスへの内通者と決めつけられており、その行方が厳しく追及された。
三ヶ月後、国外に逃亡しようとしていた内通者を処刑したという報告が軍務卿にもたらされ、そのまま忘れ去られた。




