第百三章 ターゲットは新金貨 2.マーカス王国(その1)
その日、テオドラムの東に位置する騎馬民族国家マーカスの首都上空を、五頭のアンデッドモンスターが通過した。
禍々しくも威厳を漂わせる、漆黒の身体を持つスケルトンワイバーン。その体躯は通常のワイバーンをはるかに凌ぎ、恐らくは三倍以上になんなんとする巨体。喧しく鳴き喚く事はせず、黙って隊列を組んで悠然と飛行する。テオドラムの方角から飛来したそれらは、一旦王都上空を通過すると首を廻らせ、元来た方角へ去って行った。聖魔法を含む幾多の魔法攻撃も意に介さない様子で、何の反撃も、いや、視線を向ける事さえしないままに。
それだけの価値すら無いと言わんばかりに。
マーカス王国軍は直ちに騎兵と魔術兵からなる追跡部隊を編成、スケルトンワイバーンの追跡にあたった。追跡そのものは難しくなかった。疾風に喩えられるほどの速度を誇るスケルトンワイバーンが、まるで追跡隊を先導するかのようにゆったりと飛んでいたのだから。
「おい……このまま進むとテオドラムとの国境になるぞ」
「あぁ、気付いている。多分隊長もな」
「あの化け物ども、テオドラムの領内に逃げ込むつもりじゃ……」
「いや……高度を下げてる!」
巨大な黒いスケルトンワイバーンはテオドラム領内に逃げ込むつもりはないようで、国境の少し手前で――見事な隊列を組んだまま――高度を下げ始めた。
「おい……この辺りは……」
「あぁ……テオドラムとの戦があった場所だな。俺の兄貴もここで命を落とした……」
「うちの伯父貴もだ……」
「あの化け物め、ここで何をするつもりだ?」
「あそこに着陸……消えた?」
一ヵ所に着陸したように見えたスケルトンワイバーンであったが、その姿は溶けるように消えた。
「全隊停止!!」
指揮官の声が響いた。
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マーカス王国王城の大会議室では、緊急の会議が開かれていた。議題は無論の事、不遜にして不穏にして不可解な行動をとった、謎のスケルトンワイバーンについてである。
「……聖魔法が通じぬなどと、通常のアンデッドモンスターとは異なっておったが、アレは本当にスケルトンワイバーンでよいのか?」
「……骨だけのワイバーンを他に何と呼ぶのだ? 色と大きさはともかくとして」
「極めて特殊なスケルトンワイバーン、そう考えるよりほかはあるまい」
「確か……イラストリアでも尋常ならざるスケルトンドラゴンが現れたと聞くが……」
「その同類であると?」
そんな事を話していると、官僚らしき一人が書類を持って駆け込んで来る。書類を受け取り一読した貴族が、一同を見回して声を上げる。
「いや……各方、しばし待ってもらいたい。あのワイバーンめについて、部下が報せを持って来た。それによると、一月ほど前に同じ姿のワイバーンがテオドラム王国に出現したらしい」
さすがに詳細までは判っていないようであったが、シュレクでコーリーを拉致した時の事は、マーカス王国でも察知していた。
「あのワイバーンはテオドラムが使役しておると?」
「いや、そうではなく、テオドラムの御用商人を襲ったようだ。この商人、あちこちで恨みを買っていたようだな」
このあたりは若干情報の混乱がある。コーリーはテオドラム王国と取り引きした事があっただけで、御用商人にはほど遠い小者であったのだが。
「ふむ……では、いずれかの死霊術師が恨みを晴らしたというところか」
「だが、その死霊術師、我が国に何の恨みがあるというのだ?」
「恨みとばかりは限るまい。ワイバーンどもは何もせずに飛び去っただけだ」
「確かに攻撃はしてこなかったな」
「一体何のためにやって来たのだ?」
「挨拶……ではないな。偵察か?」
「偵察だと!?」
「まさか……テオドラムに雇われたのではあるまいな?」
「何だと!?」
「落ち着け! 確証もないうちから先走るでないわ。恨みの相手が王都におるかどうか、確認に来ただけという可能性も捨てきれんのだぞ?」
紛糾する中、兵士の一人が室内に駆け込んで来る。
「……スケルトンワイバーンは国境の少し手前で着陸し、掻き消すように姿を消したそうだ。さて各方、我らは何をすべきかな?」
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「……結局、見張りと探索ですか。思ったより長丁場になりそうですな」
臨時編成されたワイバーン追跡隊の指揮官に、副官が話しかけていた。
「やむを得んだろうな。ただ飛び去ったのならともかく、一応は我が国の領内で姿を消したんだ。放置する訳にはいかんだろう」
「けど、下手につついて藪蛇になったら大事だってぇんで、遠巻きにして監視しろ……って、当の相手が消えてるってのに、何を監視しろってんですか」
「ワイバーンが消えた場所に、地下砦の入口なんかがあったらどうする?」
「……大問題ですな、確かに」
「だから、ここで腰を据えて監視するとともに、少しずつ辺りを探ってみろという事だ。天幕や食糧などは直ぐに届けると言ってきた。増援も一緒にな」
「やれやれ、とんだ休養になりそうですな」
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数日後、テオドラム王城でも緊急の会議が開かれていた。
「マーカスが不審な動きをしていると?」
「うむ。先程報せが届いた。国境付近に陣を張って、何やら探っておるそうだ」
「モルヴァニアに続いてマーカスまでもか……」
「……だが、モルヴァニアはともかく、マーカスは何を探っているのだ? やはりシュレクの毒を警戒しての事か?」
「そのへんが今一つ判らん。陛下に奏上する前に、諸卿と意見を詰めておきたい」
「……陣を張っておると聞いたが……規模は?」
「およそ二個小隊と聞いている」
「派兵と言うには小さ過ぎるな……偵察部隊か?」
「マーカス本国の動きは? 諜報は何か掴んでいないのか?」
「工作員を潜入させている訳ではないのでな……何やら騒がしいというくらいしか」
「面白い報告がある。大荷物を積んだ荷馬車隊が、後から増援を引き連れて到着したそうだ。さっき言った二個小隊というのは、増援を含めての部隊規模だ」
「……つまり、最初は一個小隊かそこらが押っ取り刀で駆けつけただけで、何も資材は持っていなかった?」
「らしい」
「……何があった?」
「判らん。だが、無視する事もできん。国境近くに一個中隊の監視部隊を派遣するしかないだろう」




