第十一章 ノーランド 3.ノーランド
国境監視所を守っていた兵士はどこへ行ったのでしょうか? 今回はそのお話です。
「行方不明だった一個小隊が見つかっただと!?」
その日、ノーランドの中隊本部は前例のない喧噪に包まれていた。国境監視所の一件を察知するのに三日もかかった事で、危機管理が甘いと王室直々の叱責を受けたのである。中隊長の更迭どころか、実家の貴族家にも影響しそうな大失態だっただけに、今回の報告は失地挽回、あるいはとどめの一撃になり得るほどの意味を持っていた。
「で、どこで発見されたのだ? 生存者はいるのか?」
憔悴した様子で性急な問いを発する中隊長を気の毒そうに見遣りながら、副官が答えを返す。
「それが……あろう事かモルファン側の荒れ地にいたそうで……モルファンからの問い合わせで判明しました。あと、一個小隊全員が生存しております」
「なんでまたモルファンに……。これは後々問題になりそうだな。だがまぁ、そういうのは王都のお偉いさんに任せておくとして、生存者からは襲撃に関して聞き出せたのか?」
「それが……」
副官の答えは中隊長の期待を悪い方向に裏切るものであった。納得のいかない中隊長は、戻った一個小隊の「生存者」の最先任下士官である兵長を呼び出し、自らが事情聴取に当たっていた。
「では、何者が襲撃してきたのか判らんと言うのか」
「と、いうより、我々は襲撃自体を認識しておりません。兵舎で眠っていた筈なのに、起きると見覚えのない草っ原にいたのです。夢うつつに得体の知れない男と話していたような気もしますが、正直、夢なのか現実なのかの判断がつきません」
兵長の答弁を、既に全員からの事情聴取を済ませた副官が補強する。
「中隊長、巡回中と立哨中を襲われた者以外は、襲撃されたという自覚がありません。襲われたと証言した歩哨にしても、何があったか判らないと証言しております」
「むぅ、それでは夢うつつに会話したという男の人相風体と、何を話したのかを報告せよ」
「それが……何分にも夢うつつでして、何を話したか憶えておりません。人相風体にしても、何か人間離れしていたようで……今思うと仮面を被っていたような気もします」
「つまり、何が起きたのか全く判らんと言うのだな」
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「行方を絶っていた一個小隊四十名は全員健在、ただし発見されたのはモルファンの領内、モルファン側はこれについて説明を要求、犯人の正体も手口も全く不明、こんな報告を送れるか!」
兵長の他数名の監視兵からの事情聴取を終えた中隊長は、自分の執務室に引き籠もると、八つ当たり気味に副官に吠えついた。
「それでも送らないわけにはいきませんし、注意すべき点も二、三あります」
「ほぅ……説明しろ」
「兵長が言っていた仮面云々の話です。ただの夢なら仮面を被った人物が出てくるのはおかしい。小官も今まで色々な夢を見ましたが、仮面の人物が登場した事など一度もありません。これは兵長にも確認しましたが、今までに仮面の人物が夢に出てきた事はないそうです」
「そう言えば儂も見た事がないな……。それで? 先を続けろ」
「はい。兵長以外の兵員にも聞きましたが、仮面を被っていた、あるいはそんな気がすると答えた者が他に四名いました。夢だとは思えません」
「実際に仮面を被った者が夢うつつの兵どもを訊問した、そう言いたいのか?」
「はい。訊問内容が確認できないのは痛恨の極みですが、仮面を被っていたというそれ自体が重要な手掛かりです」
「と、言うと?」
「なぜ、仮面を被っていたのでしょうか? 人相を誤魔化すためでしょう。では、なぜ、人相を誤魔化す必要があったのか」
「つまり犯人は複数の兵どもと顔見知りだった、そう言いたいのか?」
「顔見知りであった、もしくは、今後顔見知りになる可能性があった、もしくは、顔に何か目立つ特徴があった」
「よし。中々に重要な事実だと考える。王都へ送る報告書には、その分析結果を添付しておけ」
クロウが気紛れに被った仮面は、またも新たな誤解を生み出そうとしていた。
本話で第十一章は終わりですが、本日はもう一話投稿します。




