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第百二章 イラストリア王国 6.王都イラストリア~酒造ギルド~(その2)

本日三話更新の三話目です。

 王都の酒造ギルドでは、ドランの村に派遣した特使が持ち帰った返事――目下のところビールを量産する余裕は無い――を巡って、今日も意見が闘わされていた。(もっと)も、エルフたちのスタンスが明確になったためか、五月祭から時間が経って頭が冷えたせいなのか、過日のような掴み合いにまでヒートアップする事は無くなっていたが。(わだかま)りは残っているものの、紳士的という言葉の意味は思い出したようだ。



「……エルフたちがビールを本格的に投入するまで時間がある事は判ったし、それ自体は朗報と言えるのだが、ビールという脅威が消えた(わけ)ではない」

「解っている。今は得られた猶予を有効に使って、ビールに対する対策を講じるべきだ」

「だが、実際問題として、何をどうすればいいんだ? 五月祭からかれこれ一月(ひとつき)が経とうというのに、ビールに対する問い合わせが途絶える事はないのだぞ?」

「……猶予が却って裏目に出ているな。ビールの正体が判らん事が、客の興味を(あお)る結果になっている……」

「まさか……亜人どもめ、そこまで計算して……」



 血相を変えた委員が数名いたが――いずれもエール醸造者(ブルワリー)派の委員――別の委員が冷静にそれを否定する。



「いや……エルフたちがそこまで性悪とも思えん。偶然だろう」

「偶然でも何でも、この状態が続くのはギルドにとっても(まず)い。一部では酒造ギルド(うち)が値上がりを待ってビールを隠しているなどという邪推も出ているんだ」



 居並ぶ委員たちが頭を抱える中、一人の委員が声を上げる。



「一旦ビールの事は忘れよう」

「忘れ……何を言うんだ!」

「落ち着け。ビールの事で幾ら頭を悩ませたところで、我々にはどうする事もできん。なら、我々にどうにかできる事で頭を悩ませた方が建設的だろう」



 この委員の言葉に、他の委員たちが興味を持つ。



「カミンズ委員、何が言いたいんだね?」



 カミンズ委員の動議は、どうせビールとの競争が避け得ないのなら、酒造ギルドが管掌している酒類の競争力の方を高めるべきではないかというものであった。



「残念ながら私はビールとやらを実際に飲んだ事は無いが、漏れ聞こえてくる評判はいずれも、『今までのエールに無かった風味』というものだった。つまり、我々が造るエールが劣っているという意見ではない」



 カミンズ委員の説明に無言で聞き入る他の委員たち。



「言い換えれば、ビールはビール、エールはエールとして共存が可能である事を示唆している。そのためには、既存のエールの魅力を今以上に上げる必要がある」

「しかし、品質を上げると簡単に言っても……」



 何か言いかけた委員の言葉を遮るように説明を続けるカミンズ委員。



「待ってくれ。私は『魅力を上げる』と言ったのであって、『品質を上げる』とは言っていない」

「同じ事……では、ないのか?」

「違う。例えばだが、ビールよりも値段が安いというのは、買う側にとって充分な魅力になるだろう。ビールとは異なる風味というのもな」



 カミンズ委員の説明に、居並ぶ委員全員が考え込む。



「安さ、か……」

「効率化を追求して経費を抑えれば、一割や二割の値下げは可能かもしれんな……」

「テオドラムがエール攻勢を仕掛けてきた時に検討した計画はあるが……」



 ひそひそと話し込む、比較的大手のエール醸造者(ブルワリー)。少し離れた位置では、個性豊かなエールを造る事で知られる中堅エール醸造者(ブルワリー)の主たちが集まって相談している。


 その一方で、片手間程度にエールを造っていた弱小ブルワリーの表情は冴えない。



「最悪、撤退も考えなくてはならないだろう」

「厳しくなるな……」



 ここで、それまで一人考え込んでいた別の委員が声を上げる。



「少し聞いてもらいたい。私は実際にビールを飲んでみたんだが……最初に驚かされたのは冷たさだった」



 新たな指摘に一同が話を止めて、この委員の発言に注意を向ける。



「冷たさ……?」

「そう言えば、皆そんな事を言ってたな……」

「冷えたビールは(こと)(ほか)美味かったそうだが、この中に、暑い時期に冷えたエールを飲んだ事のある者はいるか?」



 いる(わけ)がない。


 冷蔵の魔道具は、有力貴族か裕福な大商人でもなければ持つ事ができない。(そもそも)、よく冷えた飲食物を暑い時期に楽しむなど、王侯貴族の道楽でしかなかったのだ……この五月祭までは。



「マッケイ委員、君は、冷蔵こそがビールの美味さの秘密だというのかね?」

「少なくとも、秘密の一端ではあると思う」



 ふむ、と考え込んだ一同に、一人の委員――ワイン醸造者(ワイナリー)派だ――が、咳払いして話に加わる。



「冬の事なんだが……屋外でよく冷やしたワインを、暖房の効いた部屋で飲んだ事があった。確かに、いつもより美味く感じたな」

「……すると、冷蔵の魔道具を導入する事も視野に入れるべきか?」

「学院に話を持ちかけるべきか?」



 新たな動議に考え込んでいる委員たちに、ギルドの職員が来客を告げる。



「学院のエルフの方がどうしてもと。なんでも、魔力によらない冷蔵の道具についてのお話だとかで」



・・・・・・・・



 学院のエルフが持ち込んだ設計図に従って冷蔵箱(アイスボックス)を試作し、学院所属のエルフが氷結の魔術で出した氷を使って冷蔵効果を確認した酒造ギルドは、満場一致で冷蔵箱(アイスボックス)の採用と普及活動の推進を決めた。


 特許は亜人(ノンヒューム)連絡会議と酒造ギルドの連名として商務院に提出。出遅れた商業ギルドは、酒造ギルドと契約する事で冷蔵箱(アイスボックス)の利用権を獲得。必要になる氷については氷結魔術の使い手を優遇して採用する事と、山間部に建設した()(むろ)で氷を保存、適宜町の()(むろ)に輸送するという計画も立てられた。亜人(ノンヒューム)連絡会議は()(むろ)関連には関わらず、酒造ギルドと商業ギルドに押し付ける形となった。


 これらの大きな動きの結果、廃業を決めた弱小ブルワリーは酒造ギルドの()(むろ)関連業務に参画する事になり、ギルドはメンバーの利益の確保と事業の人手の確保を同時に達成できた。


 酒造ギルドと商業ギルドが管掌する事になる冷蔵事業は、やがてこの世界の生鮮食品の保管や物流を大きく変革してゆく事になる。



 これを解りやすく言えば……クロウはまたしてもやらかした(・・・・・)のであった。

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