第百二章 イラストリア王国 5.王都イラストリア~酒造ギルド~(その1)
本日更新の二話目です。
王都イラストリアにある酒造ギルドの本部。そこでは連日のように白熱した議論が繰り広げられていた。議題はつい先日の五月祭でお目見えしたばかりのビールについて、正確に言えば、そのビールを造った亜人たちとの関係をどうするかについてであった。
「だからっ! さっきから言っておるように、亜人どもからビールとやらの販売権を取り上げ! 我がギルドで管理すればよいのだ!」
「こちらも何度も言わせてもらうが、馬鹿も休み休み言え! そもそもエルフたちは酒造ギルドに加入しておらんのだぞ!」
「加入していようがいまいが、そんな事は問題ではない! 酒造ギルドの意義は、個人ではどうにもできぬような大難から、加入した酒造業者たちの利益を守る事にある。あの忌々しい亜人どもが、ギルド始まって以来の大難でなくして何だというのだ!」
「ご高説は立派だが、実際問題として過半数の賛同は得られんだろう。騒いでいるのはエールの醸造業者だけ。葡萄酒を造っている者たちは、寧ろ騒ぎに眉を顰めている方だからな」
「ワイン造りの連中は、自分さえよければエール醸造者の危難を黙殺するというのか!」
「お互い様だろう。エール造りの連中が、ワイン醸造者の意向を無視して、勝手に騒ぎ立てているとも言えるからな」
「貴様っ!!」
「それまで! 双方少し頭を冷やせ!」
ギルドマスターの一喝で、あわや掴み合いになりかかっていた口論こそ収まったものの、両者の敵意は隠しようもなかった。これがつい先日まで冗談を言い合い、親しく交際していた間柄とは思えないほどに。
「とにかく! 酒造ギルドの権益を守るためには、亜人どもに世間の道理というものを解らせてやるしかない。そのためには実力行使もやむなしというのが我々の見解だ!」
「誰の利益だと? エール造りだけの問題を、ギルド全体の問題にすり替えるのは止めてもらいたい」
再び掴み合いが再燃しようとした――もはやギルドマスターも仲裁に入ろうとはしなかった――ところで、それまで黙っていたメンバーが口を開く。
「オハラ委員には悪いが、酒造ギルドの一部の利権を守るためにギルド全体を危機に陥れるような真似には、私も賛同できん。ヴァザーリで起きた事を忘れたのか?」
この委員の言葉に、会議室にいた全員が凍り付く。あの騒ぎの余波でヴァザーリの町が衰退し、酒造ギルドの支部も撤退を余儀なくされたのはつい一昨年の事だ。忘れる訳がない。
「原因となったのがヤルタ教の亜人弾圧だという事を忘れた訳ではあるまい。もしも王都で同じ事が起きたら? そしてその原因が酒造ギルドにあるとなったら? ギルドの解体ぐらいでは済まんと思うが?」
冷徹な委員の言葉に、さきほどまで激昂していたエール醸造者派の委員も沈黙せざるを得ない。ヴァザーリの一件はギルドの面々にそれほどのトラウマを与えていたのである。
「と、すると……現実問題として融和策を採らざるを得ない訳だが……」
「幸いにして、酒造ギルドは別段亜人たちと事を構えている訳ではないからな。穏健派の者をドランの村に派遣して、向こうの意向を確かめるのに問題はあるまい。オハラ委員ほど過激ではないにせよ、先方と何らかの交渉を持つべきだと考えている者は多いからな」
酒造ギルドから派遣された者がドランの村を訪れ、生産力にさほどの余裕は無いという答えを持ち帰るのは、この少し後の事である。
次話は21時頃には更新の予定です。




