第百二章 イラストリア王国 4.領都エルギン~亜人連絡会議事務局~(その2)
後書きにお知らせがあります。
酒造ギルドの懐柔については後ほど考えるとして、そのまま報告を続けてもらったんだが、その中に聞き逃せない内容が混じっていた。
「冷蔵の魔道具についての質問がそんなに……?」
「えぇ。結構な数があったようです」
地球世界では、氷を使った旧式の冷蔵庫――電気冷蔵庫と区別して冷蔵箱と言うらしい――が発明されたのは十九世紀の初頭だが、この世界には魔法というものがある。それなら冷蔵の魔道具くらいあるんじゃないかと思っていたんだが……。
「あるにはありますが、大きい上に高価すぎて……」
「酒場で使うようなもんじゃねぇんですよ」
俺が不審な顔をしているのに気付くと、三人はこの国の冷蔵技術について説明してくれた。それによると、冷蔵庫に相当する魔道具はあるのだが、それは文字通りの倉庫――冷蔵の効率を追求した結果大きなものになったらしい――であって、台所の片隅に設置できるような箱ではないそうだ。必然的に、その「冷蔵庫」を所有しているのは大貴族か、あるいは裕福な商人ぐらいで、庶民の手が届くような代物ではないという。天然の氷を利用した氷室もあるが、これは山間部か、あるいは天然氷を自宅まで運ばせる事ができるような有力者しか持っていない。
結論を言えば、この世界には安価な冷蔵手段というものが無いらしい。俺はダンジョンマジックで恒温室を構築できるので、まったく気がつかんかったわ。携帯ゲートを繋げておけば、いつでも冷えた食品を取り出せるしな。
一方、こちらの世界の魔術だと……
「氷結の魔術で対象物を凍らせる事はできますが、冷やし続けるのには向いていませんので……」
という事で、魔術によって冷蔵保存するという事も難しいらしい。数時間~一日おきに魔術をかける羽目になるため、現実的ではないそうだ。
「何でも、以前に人間が生肉を氷漬けにして運んだそうなんですが、氷を溶かして取り出した肉は品質が落ちていて、評判が悪かったそうです」
……ひょっとして、急激に凍らせた肉を一気に解凍したのか? そりゃぁ味も落ちるだろう。旨味も何も流れ出してるわ……。
「それで俺たちの魔道具に目を付けた訳か……」
「まぁ……我々も最初に見た時は驚きましたから……」
クロウが作ったのは、厳密に言えば冷蔵ではなく保冷の魔道具である。最初は日本のアウトドアショップにあるようなクーラーボックスを考えていたのだが、冷やす対象が大きめのビア樽という事で、急遽断熱シートのような形状に変更したのである。このシートは一種の遮熱結界を生じさせる魔道具であり、予めビア樽を冷やしておけば、シートが熱の移動を劇的に遮って温くなるのを防いでくれる。適宜氷などを追加して冷やしてやれば、キンキンに冷えたビールを楽しむ事ができる。そのための氷は、ダンジョンマジックで生み出した氷室から携帯ゲートを介して取り出す事ができる。また、遮熱の結界を形成・維持するための魔力はかなり必要になるが、クロウには無尽蔵の魔石という反則技があるため気にはならなかった――少なくともクロウ本人は。
斯くの如くクロウありきの技術体系ではあるが、クロウが開発・作製した遮熱結界具はそれ単独でも極めて有用な魔道具であり、入手を熱望する商人たちからの攻勢は、熱烈というような言葉では言い尽くせない様相を呈していた。はっきり言えば剣呑な雰囲気すら漂わせ始めていたのである。
「ただ、ビールを美味しく飲んでもらう、そのためだけに作ったんだがなぁ……」
「まぁ、目端の利く商人なら気付くでしょうねぇ……」
「そして気付いた以上、放っとく訳は無ぇですし……」
冷蔵技術の存在に気付かれた以上、隠し通すのは難しいか。いや……待てよ。
「遮熱結界具の実物は見られていないんだよな?」
「はい。そこは厳重に注意させていましたから」
「何かお考えが?」
「いや、魔力を使わない冷蔵の道具をお披露目してやるのはどうかと思ってな」
三人が驚いたようにこちらを見ているが、俺が考えているのは氷を使った旧式の冷蔵箱だ。内面に張る金属をどうするか考える必要はあるが、あれならこの世界の技術でも作れる筈だ。氷をどこから調達するのかという問題はあるが、そこは魔術でも氷室でも使って自力で克服してもらおう。
さて、このカードをどこで使うかだな……。
【書籍化のお知らせ】
標記のとおり、本作が「従魔とつくる異世界ダンジョン」というタイトルで書籍化される運びになりました。
レーベルは双葉社様のMノベルス。5月30日に発売の予定です。
気になるイラストレーターは、いちやんさん。「アリの巣ダンジョンへようこそ!」の挿絵を手がけられた方です。
なお、書籍版での変更点として、新キャラクターが追加になります。詳しい情報はいずれ、折を見て。
この日を迎えられたのも、応援して下さった読者の方々のお蔭です。ありがとうございます。
作者の別作品、「スキルリッチ・ワールド・オンライン~レアというよりマイナーなスキルに振り回される僕~」も、4月28日発売の月刊バーズ6月号からコミカライズ版が連載開始となります。こちらの作画は三ツ矢彰さんです。「獣魔~」ともどもよろしくお願いします。
なお、書籍化決定を記念して、本日は三話更新といたします。次話は20時頃には更新の予定です。




