第百二章 イラストリア王国 1.王都イラストリア~国王執務室~(その1)
早朝の国王執務室では、例によって例の如く四人組の会合が持たれている。口火を切ったのは宰相であった。
「モルヴァニアの要請に応えて派遣した調査隊からの報告が届いておる」
「ダンジョン化した鉱山の外側に陣取った連中ですか」
関心と無関心が半々といった体で、ローバー将軍が聞き返す。
「確か……砒霜の汚染状況についての意見を聞きたいという趣旨だったと記憶していますが?」
「うむ。分析そのものは、モルヴァニアにも問題無くできたようなんじゃがな……」
「……何が問題だったんで?」
「ダンジョンの魔術やモンスターについての知識が不足しておるという事でな」
宰相の説明に合点がいったという表情を示すローバー将軍だが、同時におかしな事にも気付く。
「はてね?……そっちの方が問題なら、冒険者ギルドに問い合わせた方が手っ取り早いんじゃねぇんですかい?」
「確定されておらん国境線を挟んで仮想敵国同士が睨み合っている場所に、一応は民間人である冒険者を派遣するのは、色々と問題があってな」
「同時に、この問題はモルヴァニアという国が主体となって対処するという、テオドラムに対するアピールですか」
「ウォーレン卿の見立てのとおりでもあるの」
「色々とご苦労なこって……で、結果はどうなんです?」
「ふむ……どう考えたらよいのか、ちと判断に困る内容なのでな。お主たちの知恵を借りたいという事なのじゃよ」
宰相の言葉を聞いた軍人二人は首を傾げる。場所が少々剣呑なのは確かだが、言ってしまえば砒霜の汚染状況についての調査に過ぎない。解釈に困る結果とはどういう事なのか。
微妙に困惑した表情の二人に、宰相はまずモルヴァニアによる調査の結果を伝える。
①モルヴァニア軍駐屯地の土壌や水からは、砒霜はほとんど検出されていない。
②にも拘わらず、古株の灌木を調査したところ、確かに砒霜による汚染の痕跡があった。
③地下水中の砒霜の濃度は、国境に近いほど低く、国境から――と言うよりは恐らくシュレクから――遠ざかるにつれて高くなっている。
④砒霜濃度の低下が起きたのは、シュレクに近い場所ほど早かったらしい。
⑤モルヴァニア軍駐屯地付近で砒霜濃度の低下が起きたのは、おおよそ半年以内と考えられる。
「……と、いう事じゃ」
「……シュレクのダンジョンが、砒霜の毒を吸い取っちまったようですな」
「一見するとそう見えるな。ところがじゃ……」
思わせぶりな事を言って、宰相はイラストリアから派遣された学院の調査団による調査結果を伝える。
⑥モルヴァニア軍駐屯地、および国境付近の試掘井の土壌及び地下水に、魔力の痕跡無し。
「……どういうこってす?」
ダンジョンが、あるいはダンジョンマスターが砒霜を収奪したというなら、当然魔力を使った筈。なのに魔術を行使した痕跡が無い。砒霜による汚染がこのような短期間で自然に消えるとは考えられないというのが学院の見解であり、ならば何らかの方法――ただし魔術以外の方法――で砒霜の毒を除去――あるいは収穫――した事になる。
いかなる方法を用いたのか? そして、なぜそのような事をしたのか?
「砒霜だけを濾過する仕組みを作り上げたのか、あるいは砒霜を選択的に取り込むモンスターを使ったのか……理屈の上では可能であるそうだが……」
「問題は、なぜそのような方法を採ったかですね」
「単に面倒臭かったんじゃねぇのか?」
ズバリと核心を突くローバー将軍。
「ええ。ですが、なぜ面倒臭かったのか。その答えと関連して、なぜシュレクのダンジョンから離れた位置まで砒霜の毒が浄化されているのか」
「……ダンジョンの周辺だけでなく、広い範囲から砒霜を集めるのが目的であった。故に、その作業にかかる手間を嫌った。……ウォーレン卿はそのように言いたいのかな?」
「私見ですが」
ここで国王が会話に参入する。
「ならば、なぜⅩめは、そこまで広い範囲から砒霜を集めるような事をしたのか。ウォーレン卿はどう考える?」
「あくまでも私見ですが……考えられる説明は二つ。第一は、そうせざるを得ないほど大量の砒霜を必要とした」
ウォーレン卿の言葉に、一気に執務室の温度が冷え込む。
「……Ⅹが大規模な毒殺戦を企ててるって言いてぇのか、ウォーレン」
「そういう解釈が可能であるというだけです。前回お話ししたⅩの方針――直接対決を避けてじわじわと国力を削る――とは合致しないように思えますし。ある種の保険として、採り得る戦術的オプションを増やすつもりなのかも知れません」
「……第二の解釈とは何かな? ウォーレン卿」
訊ねる宰相の声にも力が無い。
「こちらはさっきとは裏表の解釈になります。大量の砒霜を必要としたのではなく、砒霜の毒に汚染されていない、広い土地を必要とした」
正解である。しかし、この考え方は他の三人には意外であったようで、全員がポカンとした表情を隠さなかった。
「……しかし、何でまたⅩはそんな事を?」
公害問題を乗り越えてきた現代日本人であるクロウにとって、汚染があればそれを除去するというのは第二の天性のようになっているのだが、この世界の住人には理解しづらい事であった。
なので、こういう解釈が飛び出てくる。
「砒霜に耐性の無いモンスターの運用を考えての事でしょう。ダンジョンの周辺を浄化しておけば、使用できるモンスターの幅が広がりますから」
現代日本とイラストリア、二つの世界における認識の隔たりは大きいのであった。




