第百一章 エッジ村ファッション事情 4.エッジ村アクセサリー事情~丸玉とカメオ~
ミルドレッド女史率いる染色班は工場制手工業の恩恵を受けられそうだったが、アクセサリー作成を受け持つホッブ氏の方はそう上手くいきそうにない。そう思ってブラックな残業を覚悟していたクロウであったが、彼の留守中に事態は色々と進んでいたらしい。
「……お子さんと甥御さんですか」
「んだ」
ホッブ氏の傍らでアクセサリー作成を手伝っている少年が二人。ホッブ氏の下の息子と甥という事であった。血筋というのか何というのか、二人ともやたら手先が器用な上に、農作業の戦力としては微妙な年少者でもあるため、ホッブ氏の手伝いに回されたのだという。見れば器用に彫刻刀やらラジオペンチやらを使いこなして、ホッブ氏ほどではないにしても、助手の役割ぐらいは充分務まりそうだ。とにかく戦力の追加があったのは吉報だと思い、五月祭での売れ筋を確認に及んだのだが……
「……あぁ、全部が売れてしまって、どれが売れ筋なのかなど判らないと……」
「んだな」
「……ただし、スカーフの留め具に加工するような口ぶりの女性が多く、比較的大きなアクセも問題無く売れたんですか」
「んだ」
ふむ、とクロウは考え込む。首飾りや腕輪だとコンパクトな細工が必要になるが、スカーフやストールの留め具に使うというなら、多少大き目のものでも間に合いそうだ。安全ピンを使えばヴァリエーションは増やせるが……。
そこまで考えたクロウであったが、この世界で安全ピンが使われているかどうかが判らないうちは、迂闊なものは出せないと自重する。これ以上エッジ村に関心が集まるのは避けたいのがクロウの本音である。
だったら草木染めやら丸玉やらを持ち出さねば良さそうなものだが、クロウの中では「やっちまったものは仕方が無い」で片付いている。それに、来る夏祭りで品不足だの売り切れだのをやらかした日には、どのみち騒ぎになるのは見えている。ならばせめて被害の少ない方を選ぶというのは、それなりに納得できる話であった。
クロウは頭を振って余計な考えを追い払うと、夏祭りに向けての品揃えに意識を向けようとしたのだが……
「ん」
無造作にホッブ氏が差し出した木工細工に目を奪われた。
一瞬シェルカメオかと思ったが、よく見るとクルミのような堅果――ただし、かなり大きい――の殻を加工したもののようだ。どうも殻の表面付近と内部で色合いが違っているようで、そこに浮き彫りを施す事で、地球世界のカメオと同じような作品に仕上げている。違いといえばこちらは木工細工という事ぐらいか。
「木の実か何かですか? ……カラムの実? ……この辺りの特産なんですか」
聞けばシルヴァの森とこの辺りにしか生えていない木の実で、土の中に数年埋めておくと表面の色合いが濃くなって、今回試作したようなカメオ細工が可能になるのだという。尤も、クロウが渡した彫刻刀が無ければ手に負えなかったとも言っていたが。
「カラムの実は数があるんですか? あ……非常食として埋めてあると……」
そこそこの数が確保できるというので、留め具の方はこちらのカメオ細工も使う事にする。ある程度大きく目を引くものが作れそうなので、ワンポイントのアクセントという意味でも、留め具には寧ろ打って付けだろう。丸玉にできないような小さな石の欠片を埋め込んで、象嵌細工や螺鈿細工のようにしても良いだろう。漆があれば更に良いものが作れるのだが……いや! そこまで突っ走るのは拙い、と思い直したのは、クロウにしては上出来である。
木工細工なら少年二人にもある程度手伝えるというので、クロウとホッブ氏は丸玉細工に注力する。もはやクロウが丸玉を幾つ取り出そうが、ホッブ氏は見ざる聞かざる言わざるを決め込んでいる。二人は既に共犯者なのだ。
(時間があれば、原石を回転砥石で研磨するところからやってもよかったんだが……今回は見送りだな)
ともあれ、人手が二倍に増えた事で、夏祭りに向けたアクセサリーの準備は――クロウが付きっきりにならなくても――間に合いそうな気配であった。




