第百一章 エッジ村ファッション事情 3.エッジ村染め物事情~絞り染めと型染め~
ここで少しばかり、エッジ村の草木染めが斯くも熱望された理由を説明しておこう。
前に述べたとおり、この世界にも染め物というものは存在しており、一般に流通もしている。ただし、この世界では衣類はある意味で贅沢品、少なくとも耐久消費財的な扱いであり、気軽に買い替えるようなものではない。同じ衣服を長期間、それこそ親子三代に渡って着用する例さえ稀ではないのだ。新たな衣服を購入する時も新品を買う事などほとんどなく、大抵は古着を買って着用に及ぶ。新品の服を買うなどすれば、それこそ村中の話題になるような事件であった。
畢竟、村人の手に入る頃には染めも色褪せているのが普通である。そしてまた、長期間にわたる使用を前提としているため、染め自体も濃色のものが大半であって、エッジ村の村人たちが愛用しているような淡い色合いの染め物などは滅多に見られない。それこそ貴族や富裕層が着ているくらいである。要するに、近郷近在の者たちにとって、晴れ着など縁の無いものだったのである。
ところが、これをひっくり返したのがエッジ村であった。片手間の趣味として楽しめる草木染めは、生産性は悪いが費用や労力はあまりかからない。よって村人の多くが染色という行為を楽しむ事ができた。更にクロウがスカーフだのターバンだの風呂敷だのという余計な知識を――例によって何の考えも自重も無く――もたらした事で、淡い草木染めの布で身を飾る、あるいは荷物を包む文化がエッジ村に浸透する。そうした装いの村人が浮き浮きと外に出かけた事で、「エッジ村風」――エッジアン、もしくは縮めてエディアンと発音する――の衣裳文化が広まる事になったのである――村人たちが自覚しないままに。
一言で云えばエッジ村の草木染めは、染色した一枚布とそれを利用する技術がセットとなって、晴れ着などに縁の無かった庶民でも手の届くお洒落として受け容れられつつあったのである。そして、エッジ村のもう一つの特産品――既に周囲からはそう見られている――アクセサリーも、これらのスカーフやストールと組み合わせるものとして広まりつつあった。
要するに近郷近在の者たち――そして一部の目端の利く商人――が望んでいるのは、あくまでお手頃価格で購入できる品物であった。である以上は作り手側としても、少しでも安く提供できる「商品」を準備しなければならないのは当然。こういう観点から、クロウとミルドレッド女史は「商品」のイメージ、そして採用すべき製作方法を詰めていったのである。
「まず『商品』ですが、色々と話を聞いた限りでは、買い手側が求めているのはスカーフとかストールの類……一メートル四方くらいの一枚布のようですから、それに絞りましょう」
「んだなぁ」
「次にできあがりの色合いですが……どういう希望が出ているんですか?」
「んだがよ、おらたちが被っていたよな淡い色が好ぇつぅ者が多くてよ」
「淡い色……単色で良いんですか?」
「そぃだけんど……柄を入れてくれろっつってなぁ……」
「あ~……」
クロウの不安は的中した。単色で染めるだけならまだしも、柄を入れるとなると、製作の手間は一気に増える。クロウが村人に教えたのは、手軽にできる絞り染めだ。布の一部を縛るなどして染料が滲み込まないようにすれば、その部分だけが白抜きの状態に染め残されて紋様となる。特別な機材などを必要としないのが長所であるが、良い案配に柄を作るには少し慣れが必要なのと、手間暇が結構かかるのが問題であった。
(……だからといって型染めは、木型や型紙を準備するのに時間がかかるしな……それを考えると、やっぱり絞り染め一択か。……糸で縛るだけじゃなくて、板などで挟んで紋様をつける方法も採用すれば、柄の種類は増やせるか……)
凝ったものは作れないが、絞り技法を組み合わせれば、それだけでも結構見栄えのする柄ができる筈だ。これでいくかと決めかけたところで、草木染めの領袖たるミルドレッド女史から待ったがかかる。
「どうせこん先の事も考えねばなんねし、他の方法さ知ってんなら、教えてもらえねが?」
責任者たるミルドレッド女史がそこまで腹を括っているなら良かろうと、クロウは型染めや手描き友禅、写し友禅の技法までを――知識だけではあるが――教えていく。木型を用いた捺染――所謂ブロックプリント法――は単純だが、肝心の木型を作るのに手間がかかる。型紙と防染糊を使った型染めは、色糊を使えば防染と着色を同時に行なえるが、これも型紙を作るのに少し手間がかかる。何よりも耐水性が高く丈夫な型紙を作るのがネックになると考えられた。日本では柿渋を使っていたが、同じようなものがこちらの世界にあるとは……
「え? あるんですか?」
「んだ。ジンブの青い実からとった汁さ塗っとけば、雨に遭っても傷まねで」
聞けばジンブの汁を塗った渋紙は色々と役に立つので、エッジ村ではそれなりに備蓄があるという。渋紙があるなら話は別だ。クロウは大急ぎで幾つかの型紙を作った。こればかりは型紙の何たるかを知っているクロウにしかできない。
あとは試行錯誤を重ねて色糊を作り、型染めで製品を作るだけだ。糊については小麦粉を溶いて加熱したものを使う事にした。
毒を食らわば皿までと、クロウはインド更紗の技法――染料の代わりに媒染剤を塗り、その後染色して水洗いすれば、媒染剤を塗った部分のみが染まる。複数の媒染剤を使い分けて紋様を描けば、同じ染料で染めても違う色に発色する――までも伝授した。
……伝授した後で気が付いた。ひょっとして、この国では知られていない技術もあるのではなかろうか……。
「……型染め技法の幾つか……特に色糊を使ったものは、まだ表に出さない方が良いかもしれませんね……」
「……んだな……エルフの衆にだけ売るべか」
「え? エルフと伝手を繋いだんですか?」
「んだ。……同じ丸玉を持ってたでな」
「…………」
ちらりと意味ありげな視線を寄越すミルドレッド女史に、クロウは何も言えなかった。




