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第十一章 ノーランド 2.王都イラストリア 国王執務室

北からの急報が王都へ届きます。本話は珍しく少し長目です。

「申し上げます! ノーランド北の関所が落とされました!」


 それまで多忙ながらも秩序を保っていた国王執務室の空気は、一変して混乱と緊張に包まれた。


「何が起きた!」

「まさか、モルファンが侵攻してきたと申すのか!」

「あ、いえ、モルファン軍の侵攻は確認されておりません」

「では何があった! ()(てい)に申せ!」


 報告された内容は、執務室の面々に頭痛と胃痛を引き起こさせるに充分なものであった。


「ローバー将軍とウォーレン卿を呼べ! 国家最優先事項だ!」



・・・・・・・・



「……つまり、国境監視兵一個小隊が跡形もなく消え失せ、ノーランドの中隊本部は異常に気づくまでに三日かかり、その間関所は開いたままで、いつ誰が通ったのか全く判らない、と」

「腹の立つ事にな」

「腹立ちついでにもう一つあってな、ノーランドからの街道が一ヵ所、崖崩れによって半ば封鎖されておる。徒歩での通行は可能だが、軍馬や荷車の通行は不可能だ。崩れが大きい上に足場を確保できんとかで、復旧には一月ほどかかるそうだ」

「つまり、王都からノーランドへ増援を出すのは不可能と」



 言うまでもなく、街道の崖崩れはクロウたちの仕業である。作戦目的の隠蔽、と言うより上層部の混乱を期待して、帰りがけの駄賃に一仕事しておいたのである。王国の困惑を招くという意味では、クロウたちの仕業は充分にその意義を全うしていた。



「ローバー将軍、ウォーレン卿、貴公らの意見を聞かせて欲しい」

「と、(おっしゃ)いましても、何者かが侵入あるいは脱出したという事、犯人はノーランドの一個中隊程度なら問題なく相手取れるが、それ以上の増援は望まなかったという事、(わし)にはこれぐらいしか言えませんな」

 宰相の問いかけに対して、先ずローバー将軍が答えを返し、次いでウォーレン卿がとある懸念を口にする。

「気になると言えば、犯人の意図が不明です。監視兵一個小隊を消し去り、関所の門を開けっ放しにした所業からは、秘密裏に事を運ぼうとする意図は全く(うかが)えません。しかしそれなら逆に、一個小隊分の兵、あるいはその屍体を残しておかなかった意味が解りません。わざわざ手間暇をかけて消し去る理由が見当たらないんです。しいて挙げるなら、気づかれるまでの三日という猶予を得るためだったというのが考えられますが……」

「おい、ウォーレン、って事はひょっとして……」

「はい、既に何者かが部隊規模で侵入した可能性が無視できません」

「部隊規模、とな?」

「少人数の侵入なら、わざわざ関所破りなんかする必要はないんです。敢えてそれをしたのは、大人数の部隊、あるいは何か大きな荷物を運び込んだ可能性を示唆しています」

「大きな荷物……とは?」

「……これまで申し上げてきた内容だけでも危険なほどの憶測の上に立っています。これ以上の憶測を口にするのは……」

「構わぬ、申せ。……いや、わが国のために言ってくれ、王の頼みじゃ」

 (たま)りかねたような王の声に押されるかのように、しばしの沈黙の後でウォーレン卿が口を開く。

「……妄想でしかありませんが、攻城兵器かそれに準ずる兵器、あるいは、ドラゴンのような魔獣あるいはその卵、などが考えられるかと……」



 ウォーレン卿の発言は、事実と大きくかけ離れているにも(かか)わらず、それだけ聞けば充分以上の説得力を持っていた。クロウたちが意図した陽動、あるいは攪乱(かくらん)は、本人が期待する以上の混乱を王国にもたらそうとしていた。



「……ウォーレン、その場合、敵の作戦目的は何だ」

「王都との交通を遮断した事から、バレン以南の地域が目標だとは考えられません。ノーランドが目的、そう考えていいでしょう」

「しかし、占領部隊を伴わないというのは……」

「破壊のみが目的、と言う事になります。ただし……」



 クロウたちがやらかした事が王国のみか国際的な緊張を引き起こしそうになったところで、さすがに王国きっての俊英たるウォーレン卿はもう一つの可能性を口に出した。



「これらの全てが手の込んだ陽動、という可能性も無視できません」

「(陽動だとっ!?)×3」

 ウォーレン卿を除く室内の全員の声が重なった。


「今回の一件がバレン男爵領を巡る一連の事変と関わりがあるとすれば、それは一切が我々の目を王国南部から()らせておくための陽動、という可能性です」


「じゃぁ、ウォーレン、今回の一件は単なる空騒ぎだってぇのか?」

「いえ、どちらの可能性も無視できません。大規模な敵部隊のノーランド侵入も、王国南部への攻撃も、どちらも無視できるような話じゃありません。我々は両方の事態を想定して対処せざるを得ない。その事自体が我々の部隊に半ばは不必要な緊張を()いるとしても」


「ぬぅ、ウォーレン卿、何か手掛かりはないのか?」

「……これも憶測になりますが……大規模な部隊が侵入したとすると、そう長い時間身を潜めている事はできない筈です。できて一週間ほどとすれば、関所が突破されてから既に四日、あと三日から、遅くとも五日後までにノーランドで騒ぎが起きなければ、陽動の可能性が高いかと」

「……それまでに何かできる事は?」

「念のために、ここ一ヵ月ほどの間にノーランドの町にやって来た者の身元を洗う事と、町中の空き家を調べる事くらいでしょうか」

「一ヵ月ってのはどういう意味だ?」

「事前に協力者を潜入させていた可能性も無視できませんから。あと、南部で何か騒ぎが起こっても、調査自体はそのまま続行すべきです」


「ふむ。ノーランドへの街道の復旧を急ぐのと、あとは各大隊に注意を喚起しておくぐらいか。ウォーレン卿、他に何か無いか?」

「はい、もしもここまでの攻撃が南部攻撃に対する陽動だとしますと、南部への攻撃も一筋縄ではいかないかと。初動に焦って全軍を動かすのは却って危険かもしれません。もっともこれは敵の規模が大きい場合ですが」

「どういう事だ? ウォーレン」

「敵部隊の規模が全く不明です。少人数の場合には、南部で余計な陽動を使うほどの余裕がないかも知れません」

「最悪の場合を想定するべきじゃろう。相手が小勢なら、一個中隊もいれば一気に容易に踏みつぶせる筈じゃ。大部隊の場合を想定して、焦って全軍を動かさぬよう伝えよ」

「陛下、貴族どもの私兵はどうします? 錬度の低い連中にしゃしゃり出てこられても邪魔にしかならねぇんですけどね」

「むしろ敵に乗ぜられるだけやもしれぬな。軽挙せぬよう言うておけ」


今回の一件に対する王国の反応は、次章で予想外の影響をもたらします。

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