第百章 オドラント 4.経済戦構想(その4)
貨幣の改鋳に関するテオドラム王国の意向については、財務卿の屋敷に忍び込ませたケイブバット・ケイブラットのペアと怨霊が、それぞれ別個に探りだしてきた。なお、シルエットピクシーとシャドウオウルのモンスター部隊の派遣は、万一目撃された場合に誤魔化しが利かないという理由で、今回は見送られた。
「新貨幣の発行は年内を予定、来月から王国内の三ヵ所の鋳造所で順次作製、鋳型と地金は鋳造開始まで首都の連隊詰め所で保管、か……。三ヵ所で一気に鋳造しないのは、警備の問題を考えてか? 三ヵ所同時にとなると、どうしてもバックアップが手薄になるからな」
「別々にとなると、それぞれの警備は厳重になるみたいですね」
「王国軍の目をかすめて鋳型を型取りして、更に見本用の地金を盗み出すとなると、こりゃ大事ですぜ?」
「なに、潜入の方法は色々あるさ。それよりもエメン、まさかお前一人で贋金を造るつもりじゃあるまいな? 軽く数千枚は要るんだぞ?」
そう言ってやるとエメンは血相を変えた。やっぱり自分で造るつもりだったか。
「いや、テオドラムが三ヵ所の鋳造所で、恐らく百人以上を動員して造るんだぞ? お前一人じゃその一割も造れんだろう」
「そりゃ……まぁ、そうですが」
「あ、アンデッドを使うつもりですか? ご主人様」
「ふむ。悪い案じゃないが、ずぶの素人を頭数だけ揃えても、使い物になる贋金は造れんのじゃないか?」
クロウがちらりとエメンの方に視線を巡らせると、エメンは我が意を得たりという表情で頷いている。
「ですが閣下、そうすると……その、玄人の手配はどのように?」
恐る恐るという感じでダバルが訊いてくるが、その対策は考えてある――条件付きだがな。
「なに、簡単な事だ。間違い無しの玄人……鋳造所の連中に造らせればいいだけの話だ」
そう言ってやると全員がポカンとした顔をしている。
「つまりな、事前に正規の地金を贋の地金にすり替えてやればいい。俺たちは別に贋金を使って利益を上げる必要は無いんだからな」
……相変わらずポカンとしているな。いや、毒気を抜かれたような表情と言うのが正確かな?
「あぁ……確かに、そうすれば……」
『鋳造所が勝手に贋金を造ってくれますね……』
「できた贋金を広めるのも、テオドラムがやってくれると……」
『我々は高みの見物をしておれば良い訳ですな……』
「で、ですがボス、そんな簡単にすり替える事が……」
「潜入に関してはあまり心配していない。俺のダンジョンマジックで何とかなると思うしな」
「……袋から中身を抜き取ったのと同じ手順ですかい……」
エメンが呻くような声を出しているが、便利なのは事実だろうが。問題は別のところにある。
「ただな、エメン。この方法の肝は、一目どころかじっくり見ても本物と見間違えるような地金を造れるかどうかにかかっている。できるか?」
クロウがそう問い質すと、エメンはしばらく考えていたが、やがて顔を上げると自信ありげに言い放った。
「地金の実物を見なきゃ断言はしづれぇですが、十中八九は大丈夫でさぁ」
「よし。本格的な活動は、地金の見本なり配合比なりが手に入ってからになる。それまでは、エメン、地金を造るのに必要な道具などをリストアップして、暇があればマナステラ金貨の鋳型でも造っておいてくれ」
「へい、合点で」
・・・・・・・・
「エメン、テオドラムの三ヵ所の鋳造所のうち、一番新しくできたのはどこだ?」
テオドラム金貨の偽造計画を披露した日から数日後、クロウはエメンに対してテオドラムの鋳造所について訊ねていた。
「ゲルトハイムでさぁ。最後の改鋳の時に開設された鋳造所で、それ以来動いていやせん」
ふむ……つまり経験値が低いという訳だな。お誂え向きだ。地図で大雑把な場所を示してもらったが、ヴィンシュタットの北東に当たる。これなら、ここで鋳造された金貨が沿岸諸国の取り引きに使われるような事もあるまい――常識的に考えても、もっと近い位置にある鋳造所のものを優先する筈だ。テオドラムの重要な交易相手である沿岸諸国には、マナステラ金貨の贋金の方を使いたい。作戦のターゲットは被らないようにしないとな。
「それでは……ゲルトハイム鋳造所の諸君には、改鋳の前に少し踊ってもらうとしようか。それにモルヴァニア、場合によってはマーカスにも一働きしてもらわんとな」




