第百章 オドラント 2.経済戦構想(その2)
クロウはエメンの方に向き直ると、軽く頷いて満足の意を表した。
「礼を言うぞ、エメン。おかげで無駄足を踏まずに済んだ」
「とんでもねぇ。けど……そうするとあっしはお役御免で?」
「馬鹿を言え。テオドラムが貨幣の改鋳を断行するかもしれんというのに、あたら有用な人材を手放すような事はせん。悪いがとことん付き合ってもらうぞ」
そう答えると、エメンは何やらほっとした様子だった。
「ありがとうごぜぇやす。精一杯働かせていただきやす」
「早速だがエメン、贋金作りについても一通り説明を頼みたい」
俺だけじゃなく、従魔たちとダバルも呼んだ方がいいな。
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クロウは喫緊の用が無い事を確認したダバルをオドラントに呼び寄せ、従魔たちとともにエメンによるレクチャーを受ける事にした。
「ふむ……贋金作りで重要なのは、まず素材、次いで鋳型という訳か」
「へい。鋳型の方は貨幣の現物さえ手に入れりゃあ何とかなるんでやすが、地金の方は慎重に調合しねぇと、あっさり見破られますんで」
実はエメンが贋金作りとしての悪名を上げたのは、まさにこの地金の偽造技術にあった。エメンは錬金術の心得があり、その技術を用いて一見しただけでは本物の金や銀と区別がつかないほどの地金を調合できるため、発覚するまでに大量の贋貨幣を鋳造して、経済を混乱に陥れたのである。
「錬金術の心得があるのか……」
「ちょいとばかし囓った程度でやすけどね」
こいつは当たりかもしれんな。役に立ちそうな人材だ。
「しかし閣下、テオドラムの新貨幣の材質が判らないと、地金の調合はできないのでは? 現在流通している貨幣を対象にしますか?」
「いや……テオドラムが決済用に外貨を使用しているのなら、その外貨の贋金を作るという戦術も考えられる」
「……テオドラムが国を挙げて贋金作りを行なっているように見せかけると?」
ダバルが驚いたように聞き返すが、ハイファは冷静にその場合の問題点を指摘する。
『ご主人様……その場合……どこで贋金と……すり替えるのかが……問題では?』
『そうだが……テオドラムが全ての商品を自国まで運ばせて、そこで買い取っているとは思えん。その場合、運搬時のリスクは全て商人持ちになるからな。テオドラムの商隊が出向いて買い付ける事もある筈だ』
『こっそりと……抜き取りますか?』
『あるいは全員を眠らせて、その隙にすり替えるか……』
「閣下、金貨を入れた袋なり箱なりに封印がしてあるのでは?」
「蝋で封じた上に印章を押すのが普通でさぁ。テオドラムもそうやってた筈ですぜ」
「むぅ……いっその事、その袋だか箱だかをダンジョン化して中身を抜き取るか」
クロウのあまりな提案に絶句する一同。
「……そんな事が可能なのですか?」
「やってみなくちゃ判らん」
適当な箱を使って実験したところ、クロウが直接触れさえすればダンジョン化が可能であり、ダンジョン化した箱から中身を抜き取るのは容易である事が判明。クロウのダンジョンマジックの傍若無人なチートっぷりに、一同ドン引きする結果となった。
「何というか……閣下のダンジョンマジックは何でも有りですな」
「盗人連中が泣きやすぜ……」
『……とにかく……すり替えの問題は……解決しました……』




