挿 話 エルギンの亜人会館
このところエルギンの亜人会館は、ちょっとした交易所の様相を呈しており、毎日のように賑わっていた。賑わいの主力は無論亜人であるが、最近はちらほらと人間たちの姿も混じるようになってきた。
原因ははっきりしている。
クロウが分別無く放出した「やらかし素材」製の品物の数々が、巡り巡ってシルヴァの森の外にまで出回ったせいである。そう毎度毎度シルヴァの森を尋ねる訳にもいかないエルフや獣人たちの要望で、ここエルギンの亜人会館が臨時の交易所として使われたのだが……既に特設ではなく常設の交易所のような扱いになっている。そして今日も……
「……こ、これがワイバーンの爪だと……?」
そう言ったっきり、後に続く言葉が出てこずに立ち尽くすエルフの視線の先には、大振りなナイフがあった。刃渡りは優に二十センチ以上。どう考えても飛竜の爪では作れそうにないサイズである。どんなに大きな飛竜でも、爪の長さは精々十五センチ、しかも彎曲しているため、真っ直ぐなナイフなどに加工できる筈がない。
だが……目の前にある一品は、間違いなく飛竜クラスのモンスターの素材だ。それくらいの事は判る。
「元は、な」
「元?」
訳知り顔のエルフ――言わずと知れたシルヴァの森の住人だ――が種明かしをする。
「ドラゴンの骨の代わりにと、例の精霊術師様がお作りになった代物でな。何でも、『飛竜の爪が纏まって手に入った』とかで……いや、何も言うな。そこは俺たちだって突っ込みたいところなんだ。……とにかくだ、その飛竜の爪を、錬金術で寄せ集めて大きくしてからナイフに加工なさったものらしい」
酸素不足の金魚のように口をぱくぱくさせる他村のエルフを制しつつ、事情を説明していくシルヴァの森のエルフ。……まぁ、気持ちは良く解る。飛竜の爪の集成材製のナイフなど、最初にホルンから説明を受けた時には、自分でも何を聞いているのか解らなくなったからな……。あぁ……そう言えば、説明役のホルンの目にも光が無かったな……。
「……出所はともかく、使い勝手はどうなんだ?」
色々と諦めたらしい男が、弱々しい口調で訊ねる。
「そりゃ、凄ぇもんだ。以前の、ドラゴンの骨製のナイフも凄かったが、こいつも負けず劣らずの一品でな」
「ほう?」
思わず身を乗り出すエルフの男。
「正直言って、魔力の乗りはドラゴンの骨のナイフにゃ及ばん。ただ、切れ味は寧ろこっちの方が良いな。しかも、二割方軽いのに頑丈さは同じだ」
エルフなら、いや、エルフでなくとも冒険者なら到底聞き捨てにできない内容に、男の視線は既にナイフに釘付けである。魔力の乗りは少し残念だが、軽くて丈夫で切れ味が良いとなると、これはもうエルフでなくとも垂涎の品だ。今買っておかねば、今後手に入る機会がそうあるとも思えない……。
ドラゴンの骨のナイフを買い損ねた男は、今度のナイフは何が何でも手に入れる事を決めていた。
実のところ、「ドラゴンの骨」という素材の入手の当てが、クロウに無い訳ではない。いや、正確に言えばその代替品なのだが……。
以前にクリスタルスケルトンドラゴンを生み出した時、素材として消費していた分の骨を埋め合わせるため、その部分の骨の代替品を創らされた事があった。実際にスケルトンドラゴンに動いてもらい、違和感が無いかを確認しつつ――重さが違ってバランスがおかしいなどと苦情を言われながら――どうにかこうにか持ち主が満足するレベルの代替骨を創り上げたのだ。その時のレシピは残してあるので、本物と較べても遜色の無い人工骨なら提供できた。
ただ……説明が非常に面倒になるため、敢えて提供を見送ったのである。
「そう言やぁ……シルヴァの衆はエルギンの五月祭にゃ店を出すのか?」
残り少なくなった「ワイバーンの爪の集成材製のナイフ」を首尾良く入手できたエルフの男が、売り手のエルフに訊ねる。
「いや。人出の多い時に店なんか出すとな、会館の中だとしてもごった返しそうだし、見送る事にした。第一、地元の連中が見廻りに参加するんだろ? 知らんぷりして出店なんざできまいよ」
エルギンは亜人融和派の町であるとはいえ、人間との間に無用な軋轢が生じるのは避けたい……と、殊勝な事を言ってはいるが、最近あちこちの亜人たちがここへ持ち込む素材や製品を、下手な人間に渡したくないという思いも仄見える。人間の全てに含むところがある訳では無いが、人間が横からかっ攫っていって自分たちに廻らなくなるなど、納得できないではないか。
「……そう言やぁ、ドランの連中が五月祭に何やら出すとか聞いたが?」
「あぁ……俺もその話は聞いたが……今回はエルギンにゃ卸さねぇみてぇだぜ? 何でも試作品に近いんだとか」
「へぇ……どんな酒なんだろうな」
五月祭で初お目見えしたビールが世間を騒がす、その少し前の事であった。




