第九十九章 王都イラストリア 2.国王執務室(その2)
「贅沢なのか倹約なのかよく判らん話ではあるが……この、ビールとやらいう酒の存在は、テオドラムに、そして何より我が国に、どのような影響を与える?」
困ったような表情で、国王が話に割り込んでくる。
「問題はそこです。このビールという酒のせいで、小麦の問題が益々ややこしい事になりました」
「どういう事かの?」
「まず、エルフたち――恐らくはドランの村の杜氏たちでしょうが――がどの程度ビールを製造できるのか、これが不明です。供給量が判らない以上、我々にしても民間業者にしても、動くに動けない訳ですが……世の酒飲みどもがビールを知った以上、これまでのエールに満足できなくなるのは想像がつきます」
「らしいな……第五大隊のフィンスのやつが、わざわざ魔道具まで使って自慢しやがった。堪えられん美味さだったとな」
忿懣やるかた無いといった様子で吐き捨てるように発言するローバー将軍に、ウォーレン卿は微妙な視線を送りつつも答える。
「……フィンズリー将軍が連絡してきた意図は少し違う所にあると思いますが……とにかく、エールの価値が相対的に下がるであろう事は予測が付きます。そうすると、酒屋や酒場などが従来のエールを仕入れる事に躊躇しないか、醸造元は今までどおりにエールを仕込むのか、そういったあれこれ次第で、小麦の消費量が変動する事が考えられます」
「食用の小麦が不足する懸念があったが……そちらは回避できるという訳か?」
「断言はできませんが」
「我が国の小麦生産量は、どちらかといえば不足気味であったからな。楽観は禁物であるにせよ、楽観できる可能性が高まったのは喜ばしい」
「けどよ、ウォーレン、テオドラムの方はそうはいかねぇんじゃねぇか?」
「微妙なところですね。新しい酒が広まれば、原料としての小麦が捌ける可能性はある。ただ、今までの経緯を考えれば、エルフたちがテオドラムにレシピを提供する事はないでしょう。マルクトやグレゴーラムの醸造所は、将来的には商売上がったりになる可能性が高いですね。それに、もう一つ問題があります」
「もう一つ?」
「はい。テオドラムがサウランドに開設していた諜報拠点……すなわち『酒場』がビールの影響を受けないとは思えません」
「他の店でビールを出されたら、閑古鳥が鳴くだろうな」
「目障りな『酒場』が潰えるとは、本日一番の吉報よな」
気分良さげな国王を見遣って、まだ確定した訳ではないんだがなと思いつつ、ウォーレン卿は言葉を継ぐ。
「しかしその場合、テオドラムは新たな拠点を構築しようとするでしょう」
「面倒な話じゃあるが、そいつは諜報の連中に任せるしかねぇだろう」
「これには逆の可能性もありまして、もしも我が国でビールを扱う事が可能になれば、商隊の形でテオドラムにビールを持ち込む事もあり得ます」
「……あぁ、そう言やぁ、ビールの日保ちは長いんだったな……」
「しかし、ウォーレン卿、テオドラムにしても自分たちがやってきた事の裏返しなわけじゃ。対応策くらいは用意しておると思うが?」
「えぇ。だからこれは嫌がらせです」
しれっと言い切ったウォーレン卿に、呆れたような視線を向ける三人。
「嫌がらせ、ねぇ……」
「テオドラムの国民を対象にした宣伝戦とも言えますけどね」
微妙な空気になりかけたところに、宰相の発言が再び緊張感をもたらす。
「ビールの話はそれくらいにして、いよいよ本命の砂糖の話に入ろうか」




