第九十八章 南街道 4.街道筋の視察
エメンをオドラントに送ったクロウは、仮に一国の経済を混乱させるとしたらどれだけの量の通貨を偽造する必要があるのかをエメンに訊ねたが、当のエメンは満足のいく答えを返す事はできなかった。私利私欲のために貨幣の偽造に手を染めた一介の偽造犯に国家経済の混乱という視点は無いし、そこまで大騒ぎになれば寧ろ贋金としては失敗であるというエメンの回答に、それもそうかと納得するクロウ。そこで、大量の贋金を作る場合に必要になる道具や資材をリストアップするようエメンに命じて、クロウたちはオドラントを後にした。怨霊たちが言った観光旅行という言葉に触発されて、南街道の様子を眺めておこうと思い立ったのである。
『ふむ……これが南街道か。思ったより人通りが少ないな』
『リーロットは……凋落したヴァザーリの……代わりに……台頭してきた……ばかりの町です……まだ……交易量は……それ程多く……ありません』
『この辺りは、丁度リーロットとサウランドの中間ですからね』
『交易圏の端境になるのか……成る程』
ハイファとキーンの解説に感心しながら歩いていたクロウであったが、やがて妙な事に気付く。
『おい……道路が綺麗に均されている割に、ある程度道から離れると、決まったように凹凸があるな?』
『そういえば……そうですね』
『ご主人様、この凹凸は些かおかしゅうございますぞ』
『はい。どうも態と作った凸凹みたいですね』
『態と、作った?』
スレイとウィンの指摘にクロウは考え込む。道を平らに均すのは、通行の便を図るため。では、態と道を凸凹にするのは?
『馬や馬車での移動を阻害するため、か……』
『どういう事ですか? マスター』
『イラストリアは俺たちが思っていたほど無策ではなかったらしいって事だ』
テオドラムの侵攻が馬や馬車を主体にしたものであると想定して、その機動力を殺すための仕掛けだろう。一件平坦に見える場所に、丁度馬の足が嵌る程度の窪みがある。しかも一様に凸凹がある訳ではなく、不意を衝くように現れるため、余程に注意深い騎手――あるいは馬――でないと足をとられて転倒するだろう。よく見れば草の茂みに見える場所には、必ずと言っていいほど大きめの石が草に隠れるように埋め込まれていて、馬車が草むらに突っ込むと車輪にぶつかるようになっている。明らかに計算ずくで作られた障害物だ。
『致命的ではない。しかし、部隊の移動速度を殺す程度には厄介だ。……俺と同じような考え方をするやつが差配したようだな』
『でもマスター、街道に辿り着いたら、一気に進めますよ?』
『その代わり、侵攻ルートはほぼ固定される。守る側としては楽だろうな』
『成る程……』
これだけ周到な準備をしたやつの事だ。きっと他にも何か仕掛けがある筈だ。そう思って、俺は飛行の魔術で上空に駆け上り、広い範囲を俯瞰してみた。目立たないように認識阻害の魔法を使っているから、人目に付く事はない筈だ。
俯瞰して最初に気付いたのは、街道沿いに牧場が多い事だ。以前クリスマスシティーに乗って測量した地図と重ね合わせてみると……
『大隊の移動ルート沿いに牧場があるな……』
『ますたぁ、どぅいぅ事ですかぁ?』
『恐らくは替え馬だな。馬を駆って移動してきた部隊に、新たな替え馬を供給する訳だ。疲れた馬を更新できる分、移動速度を保つ事ができる。民間の牧場の振りをしてはいるが、実態は軍の急速展開を支援するためのターミナルだろう。広い敷地には大軍が陣を張れるしな』
更に上空に昇って俯瞰すると……
『こうして見ると、見事なくらい等間隔に並んでいるな。しかも、複数の移動ルートを考慮しているようだ』
一旦降りて、間近から眺めてみよう。
『ふむ。秣小屋か何かに偽装しているが、不必要なほどに頑丈な造りだ。恐らくはトーチカのような防御陣地……抵抗拠点だろう。それに……あのサイロは物見にも、遠矢のための射撃拠点にも使える。……狼煙台のようなものも見えるな』
これなら、テオドラムが侵攻してきても充分に迎え撃つ事ができたかもしれんな。イラストリア軍の能力を評価し直す必要があるだろう。




