第九十七章 五月祭(楽日) 5.パートリッジ邸(その1)
「樫の木亭」に戻ると、御前からの伝言が届いていた。戻り次第お屋敷へ来るように……って、何かあったのか? とりあえず行ってみるか。
御前のお屋敷に着いたが、別段騒ぎが起きてる風でもないし、何かの罠を仕掛けている様子もない。御前を疑いたくはないが、俺は一応ダンジョンマスターだしな。用心にこした事はないだろう。
「おお、クロウ君、呼び立ててすまなんだな」
「いえ。丁度宿へ戻ったところで御前の伝言を聞いて、こちらへ伺ったので。お待たせしませんでしたか?」
「なに、こちらが無理を言って来てもらったのだからな。気にする事は無い」
……否定しないところをみると、結構待たせてしまったようだな。
「それで、ご用件は?」
さっきからルパのやつもじりじりした様子だし。さすがに主人であるパートリッジ卿を差し置いて聞いてくる様子は無いが……。
「うむ、それなんじゃが……」
御前はちらりとルパの方を見遣ったが、ルパのやつが黙っているのを見て、そのまま質問を続けた。
「クロウ君は祭りの会場でビール、あるいは砂糖を奢ったハーブティを飲んだかね?」
「どうなんだ? クロウ?」
とうとう我慢しきれなくなった様子で、ルパのやつが聞いてくる。成る程ね。そっちか。
「ビール……ですか?」
ここは空惚けて聞いてみると、御前とルパは顔を見合わせて溜息を吐いている。
「その様子では飲んでおらぬようだの」
「クロウ、君ともあろう者が、手抜かりも甚だしいぞ」
何でそこまで言われなきゃならないんだ?
不満顔の俺を見て、二人が説明してくれたんだが……使用人や訪問客の話を聞いてビアガーデンとティースタンドの事を知ったらしい。自分たちで出向く事ができなかったから、少しでも詳しい事を知りたいんだろうな。だが、俺としてはビールも砂糖も知らない事にしておいた方が、色々と都合がいいからな。砂糖については無知を装うのは無理だろうが、精糖の方法については知らん顔を決め込もう。
「そう言えば……何やら恐ろしく混雑している場所が幾つかありましたね。足止めされるのが嫌だったので通り過ぎましたけど」
「多分それだ。何なのか気にならなかったのか?」
「いや。そもそも何をやっているのかすら判らなかったからな。大イタチの類だったら腹が立つし」
「大イタチ? 何だそれは?」
「だから……イタチっていう獣のバカでかいものを期待して中に入ると、大きな板に動物の血が塗ってあるという、人を食った見せ物だ」
「大板血……金を払ってそんなものを見せられたら、普通に暴動だろう?」
「いや、自分だけ馬鹿を見るのが癪だっていう奴らが、言葉巧みに知り合いの気を引いたりするからな」
「クロウ君の故郷は面白いところじゃのぅ……」
「そんな人を食った見せ物も、最近はめっきり見なくなりましたけどね」
「何か判らない場所で時間を取られるのを嫌ったのか……」
「そう言う事だ。……あぁ、そういえば、ドワーフたちが根を下ろしたように陣取っていた場所があったな」
「多分、そこがビールを出していた場所だな」
「ほう? と言うと、ひょっとしてビールというのは酒なのか?」
うむ。我ながら酷い惚けっぷりだ。
「うん。僕の下男の話では、今まで飲んだ事のない程爽やかで喉越しの良い酒らしい」
「……美味いらしいのは判るが、どんな酒なのかは全く判らんな」
「残念ながら、儂の客人も似たようなものでのぅ、身振り手振りを交えて懸命にその美味さを力説してくれるのじゃが、どうもイメージが掴めんでのぅ……」
いや……身振り手振りって……
「御前、肉体言語で酒の美味さを表現できるとは思えませんが……」
「まぁ……そうなんじゃが……言葉では巧く説明しづらいようでの……」
「そこでクロウ、君なら何か知っているんじゃないかと思ったんだが……」
「いや、どんなものか見てもいない酒の説明を求められてもな……」
そう言えば、ドランの連中が造ったビール、俺は結局試飲してないぞ? 本当に、どんな出来なんだ?
「ふむ……現物がない以上、クロウ君に聞いても無理か」
「では、現物がある方を?」
「そうしようかの」
お? 第二弾か?




