第九十七章 五月祭(楽日) 4.リーロット
未だ夜も明け遣らぬ頃、リーロットに派遣されたエール商人は、本国からの指示を受けて苦い顔をしていた。あからさまに不機嫌な様子から面倒臭い指示を受けたんだろうなと察する部下たち。しかし、誰も指示の内容を問い質す事はしない。八つ当たりなんか誰も受けたくはない。
むすっとした様子で、「リーロット店」の「店長」が口を開く。
「グレゴーラムの歩兵一個小隊が南街道、ニルの少し西側辺りで亜人どもの馬車を待ち伏せる。全員を確保――不可能な場合は抹殺――して本国に連れ帰る予定だ。俺たちは亜人どもの後ろに網を張って、逃げ出す者がいないようにしろとのお達しだ」
平板な声――八つ当たりを抑えるように努力した結果――で本国からの指示を伝える「店長」に、部下が恐る恐るといった様子で確認する。
「襲撃予定時刻は? 夜ですか?」
「向こうには夜目の利く獣人がいるというのに、わざわざこちらが不利になる夜襲を仕掛けてどうする? 明るいうちに襲う」
「歩兵の連中が一個小隊もいれば、気配で気付かれるんじゃないですか?」
「何でも、対亜人戦の特殊訓練を積んだ連中らしい。気付かれないように陣地内に誘い込むと言っていた。やつらが包囲に失敗しても、俺たちの責任じゃない」
「小規模な包囲殲滅戦ですか……俺たちの仕事は落ち武者狩りですね?」
「そういう事になる」
「しかし……もし亜人どもが東へ向かわなかったらどうします?」
「東へ向かわないとなると、西、つまりヴァザーリの方向へ進む事になる。それは無いだろうというのが上の判断だな。徒歩でならヴァザーリの北に進んで山道をとる事もあり得るが、荷を積んだ馬車で来ている以上、その線は考えにくい。しかし、もし万が一西へ進んだ場合は、俺たちだけで対処する必要が出てくる。その場合は、事情を知っていそうな亜人を数名攫って来るようにという事だ」
口で言うのは簡単だが、実行するとなると難しい指示を受けて、部下たちは揃って頭を抱える。気配に敏感な亜人をこっそり攫うなど、簡単にできるとでも思っているのか、上層部は。
「気付かれないように……というのは無理ですよ?」
「仕方があるまい。通常の奴隷狩りの振りをするしかないだろうな」
「という事は……俺たちの正体がばれちゃ拙いんですよね?」
「当たり前だ。正体どころか、顔を見られただけでパアだ。何しろ五月祭で散々顔を見せつけてるんだからな」
「すると、ドンたちは外れますね。リーロットの連中に顔を見られてます」
「散々殴られて顔も変わっているだろうが……それ以前に身体は動くのか?」
「護衛程度は何とか務まるでしょう」
「じゃあ、やつらを護衛に残すとして……こちらから派遣できるのは……どうやっても七名が限度か」
「そのくらいでしょうね。自分を含めて七名で行きます」
「いや……今回の任務はかなり微妙な判断が求められそうだ。俺が行く。お前は商隊を護衛して本国に戻れ。護衛の数が減ったのに気付かれないように、しっかり小芝居を打てよ?」
「それはそれで面倒な仕事ですが……解りました。追跡班の指揮をお任せします。馬で出ますか?」
「……そうだな。途中までは馬で行った方が都合が好いのは好いんだが……馬が減った事を説明できるか?」
「人件費を抑えるために、早めにニルへ向かわせたとでも言っておきます。今回大赤字だったのは判っているでしょうから、それなりに説得力はあるでしょう」
「……哀しい話だな」




