第九十七章 五月祭(楽日) 3.テオドラム王城(その2)
「準備が整う前に動いた理由……?」
「確かに……戦略の常道に反するな」
「農務卿は如何にお考えか?」
「準備が整っておらぬのにも拘わらず、亜人どもをして急いで行動開始に踏み切らせた何かが存在する。そういう事であろうな」
「その何かとは……」
「傀儡の件がばれた。そう考えるしかあるまい」
ラクスマン農務卿の指摘に、深刻な表情を隠さない国務卿たち。
「亜人どもめ、それで事を急いだか……」
「となると、今後は矢継ぎ早に仕掛けてくる可能性があるな」
「待て。そうすると彼奴めら、こちらの襲撃を予想しておるのではないか?」
「あり得るな」
「派遣する小隊には用心するように伝えておくべきだ」
「もう一つ。襲撃はピットのダンジョンに近づく前に行なう方が望ましいだろう」
ラクスマン農務卿の再度の指摘は、今度は国務卿たちを困惑させた。
「ピット? ……確かに危険な場所ではあるが?」
「ラクスマン卿は何をお考えか?」
軍需卿の問いかけに、珍しくやや躊躇いがちに答える農務卿。
「確たる根拠を示せぬのに内心忸怩たる思いはあるのだが……ピットとシュレクのダンジョンは、潜在的な敵だと考えておいた方がよいと思う」
「なぜ、そのように?」
「ジルカ卿とレンバッハ卿には先日話したが……ヴァザーリに現れたスケルトンドラゴンと、シュレクに現れたスケルトンワイバーンの類似が気になるのだよ。どちらも尋常ならざるアンデッドモンスターであるという点がな」
どこか躊躇いがちな様子はあったが、口に出した事で腹が据わったのか、力強い口調で懸念を述べていく農務卿。
「ヴァザーリに現れたスケルトンドラゴンは亜人どもに加勢したと聞く。ならばシュレクに現れたスケルトンワイバーン……いや、ひょっとするとドラゴンも、亜人どもの側に立つ事を考えねばならん」
農務卿の言葉に声もなく凍り付く一同であったが、ここまで黙って聞いていた国王が口を開く。
「だがラクスマン、ピットというのはどこから出てきた?」
国王直々の問いかけに、畏まった様子で答える農務卿。
「正直なところ、シュレクと同じくダンジョンであるという以外の共通点は見いだせませぬ。が、決して友好的な相手ではないという事を考えますと、万一の可能性ではございますが……」
「無視はできぬか」
「しかしラクスマン卿、ピットとシュレクは遠く離れておるし、別個のダンジョンであると思えるのだが?」
ラクスマン農務卿に対して、腑に落ちぬという様子で問いかけたのはレンバッハ軍務卿である。
「然り。つまり二人、ないしはそれ以上のダンジョンマスターが敵陣におる可能性も無視はできぬという事だ。杞憂であってくれればよいと思うが……」
「……いや、軍事作戦として最悪の事態を想定するのは当然だ」
「ちなみにラクスマンよ、そのスケルトンドラゴンやスケルトンワイバーンが現れた場合はどうすれば良いと思う?」
「無理をせずに引くべきかと」
しれっと言い切ったラクスマン卿に一同が驚きの目を向ける。
「砂糖の件は他にも探りようはありましょうが、一応他国内で我が国の歩兵一個小隊が暴れたなどという証拠を残すのは拙いかと」
トルランド外務卿も、これには同意せざるを得ない。
「しかし……むざむざと退く訳には……」
「なに、むざむざと退く訳ではない。南街道に危険なモンスターが出た事を盛大に喧伝するのだ。商人どもがリーロットを訪れるのを躊躇うようになれば、彼の地に拠点を築く必然性も低くなる。ヴァザーリ、リーロットに代わって、マルクトの価値が高まる事もあるだろうて」




