第九十七章 五月祭(楽日) 2.テオドラム王城(その1)
本話で四百回目になります……よく続いたなぁ。
テオドラム王城の会議室では、朝から国務卿たちが集まって会議を開いている。……いや、この言い方は正確ではない。昨日から会議が続いている。
「……やはりサウランドで襲うのは駄目か……」
「当然だろうな。あの辺りは人目が多すぎる」
「ついでに言うと、サウランドはマーカスとの国境にも近い。何かあればマーカスが介入してくる危険性は無視できん」
「サウランドからは面白い上申が届いているが……それは後にして、リーロットはどうなっておる?」
「幸いにしてあの辺りはまだ開発が進んでいない。人目に付かない場所には事欠かんようだ」
「では……」
「あぁ。リーロットの連中にやらせよう」
「確認したい。リーロットの連中だけで充分なのか?」
「茶房の方は小娘ばかりだったそうだが……エール酒場の方は男どもが切り回していたそうだ。全員が亜人という事を考えると、向こうへ送った連中だけでは不安があるな」
「グレゴーラムの『鷹』連隊から歩兵一個小隊を抽出して差し向けよう。ニルの町からリーロットへ向かわせれば、イラストリア国内を通行するのは最小限に抑えられる」
「待て、ニルからリーロットへ直接向かう道は無かった筈だぞ?」
「大きな街道はな。間道程度の小径ならあるのだよ。少し窮屈だが、馬も通れる」
さすがに軍事国家だけあって内務系の貴族からも鋭い意見が飛び出し、「計画」はサクサクと形になっていく。本来なら中隊あたりに立案させる程度の「計画」だが、高度に政治的な内容を含むため、国務卿たちが直々に作戦立案に当たっている。
「亜人どもの行き先が不明だ。西へ行かれた場合、ニルからでは後追いになって間に合わんのではないか? マルクトの『獅子』連隊からも討っ手を出しては?」
「二重の意味で賛成できん。第一に、サウランド並みに人目の多いマルクトで兵を動かせば、すぐに各国の知るところとなる。第二に、マルクトからリーロットへ向かうには、イラストリア国内の街道を進ませる事になって人目につく」
「……飛竜を使ったら?」
「それこそ人目につきすぎる。却下だ」
「……考えてみると、亜人どもが西に……すなわちヴァザーリの方向に向かうとは考えにくいのではないか? だとすればリーロットから東に向かう事だけ考えればよいという事になるが」
「うむ……ありそうな事だ」
「ならばやはり『鷹』の連中に頑張って貰うしかあるまい」
「いっそ、歩兵でなく騎兵を差し向けるか?」
「……いや、歩兵なら冒険者の形をさせる事は可能だが、騎兵数十騎となると不自然だろう。それに、亜人どもを狩るのに騎兵戦闘は不向きだ」
「抑だ、対亜人戦の特殊訓練を受けた騎兵はグレゴーラムにはおらんだろう」
・・・・・・・・
紛糾はしたものの、どうにか襲撃計画が形をなした頃合いで、ジルカ軍需卿がメルカ内務卿に問いを発する。
「そう言えば、メルカ卿は先程、サウランドからの報告に面白い事が書かれていたような事を仰ったが?」
「うむ。その事よ」
メルカ内務卿は、サウランドからの報告にあった五箇条の仮説を紹介する。
「……成る程、盲点であったわ」
「気になるのは④だな。なぜ、少量の砂糖で効果を上げる事に拘ったのか」
「大量の砂糖を準備するには至っておらんという事か?」
「我が国の独占体制を崩すだけの準備は整っておらんというのか?」
色めき立つ国務卿たちを、内務卿が窘める。
「希望的観測に縋ってはならん。他の理由によるものかもしれんのだ」
「それに……今は生産力が低くても、いつまでもそうとは限らんからな」
ラクスマン農務教が押っ被せるように付け加えた。その言葉で楽観的な空気はたちどころに消え去る。
「まずは亜人どもを捕らえる事だな。その後でじっくりと聞き出せばよかろう」
「ふむ……。その意気に水を差す訳ではないが、六番目の理由として、我々を刺激したくないというのは考えられんか?」
「うむ……ありそうな話に思えるが……」
国務卿たちの意識がそっちへ向かおうかという時、ラクスマン農務教の――やや苛立ったような――声がそれを制した。
「その前に考えるべき事がある。仮に砂糖の生産が充分でないとしてだ、なぜ準備が整う前に事を起こしたのか?」
農務卿の指摘は、居並ぶ国務卿たちの注意を引くのに充分であった。




