第九十七章 五月祭(楽日) 1.サウランド
今日は五月祭の最終日、いわゆる楽日だが、朝だというのに人出は少しも減ったように見えない。ぼんやりとそんな事を考えて外を眺めていた「店長」は、副官の声で現実に引き戻された。
「無理ですね」
「やはり無理か」
「はい。あの亜人たちがどこへ帰るのかは判りませんが、いずれにせよこのサウランド近辺では人通りが……人目が多すぎます。こっそりと始末するのは難しいでしょう」
「人目の無い場所に入ってからでは?」
「それはすなわち森の中、すなわち彼らの領域に入ったという事になります。難度は一層高まるでしょう」
「そう、か……。やむを得ん。本国にはその旨返答するしかないな」
「本国の方はかなり動揺してるんですか?」
「当然だろう? これまで維持してきた砂糖の独占体制が崩れるかもしれないんだぞ? 危機感を持つのが当然だろう」
「えぇ……それはそうなんですが……」
何だ? 何か言いたげだな?
「気になる事でもあるのか?」
「亜人どもはなぜ、茶房という形で砂糖のお披露目を図ったのでしょう?」
……どういう事だ?
店長の不審が顔に表れていたのか、副官の男性は思うところを述べていく。
「もしも我が国の独占体制を崩そうとするのなら、充分な量の砂糖を一気に市場に流す方が簡単な筈です。間に商人を入れれば、自分たちの存在を隠す事もできた筈。なぜ、それをしなかったのでしょう?」
副官の指摘に一瞬だけ虚を衝かれたようになり、その後気を取り直してじっくりと考え込む店長。確かに副官の指摘は正鵠を射ているように思える。
「そうしなかった……いや、できなかった理由……か」
店長は考えてみる。副官の言うような方法を採らず、茶房の形で砂糖の件を公表する事で得られるメリットは何か、その必然性はどこにあるのか、その意図は何か……。
①砂糖でなく茶房の方を宣伝したかった。
②亜人が関与している事を、商人だけでなく一般民衆に周知させたかった。
③新たな砂糖の件を、商人だけでなく一般民衆に周知させたかった。
④少量の砂糖で宣伝効果を上げたかった。
⑤流通網や販売網が混乱するのを嫌った。
「……大体こんなところか」
「ですが……これ以上推論を進めるにはデータが足りません」
「そうだな。しかし、こういう推論が可能だという事、それ自体が重要だ。この件については、お前からの具申である事を書き添えた上で上申する」
「……宜しいのですか?」
「お前もそろそろ自分の発言に責任を持つ事を覚えていい頃合いだ。上の方から問い合わせが来たら、しっかりと応対しろよ?」
「! ……はいっ!」
「それと……部下たちを外へ廻らせて、砂糖とビールの件について聞き込ませろ。今回は特に評判について調べさせるんだ。民衆は購入を望んでいるのか、幾らくらいまで払う気があるのか、そういった部分に留意してな。幸か不幸か、店の方は閑古鳥が鳴いている状態だ。外廻りの人員に不足する事は無いだろう」




