第九十六章 五月祭(中日) 3.サウランド
少し短いです。
「終わりだ……」
昨日より更に空席が目立つようになった店内を見回しながら、店を任されたテオドラムのエール商人は力無く呟いた。自分の独断でエールの値段を半値に下げたが、それでも客の入りは回復しない。運んで来たエールは間違いなく売れ残る。日保ちのしないエールの事だから、持ち帰った頃には酸っぱくなって飲めたもんじゃない。捨てていくしかないだろう。売れ残りの小麦をエールに買えて売ろうとした我が国の目論見は崩れた。下手をするとリーロットでも同じ事が起きているかもしれん。まぁ……無理のない話だが……。
店長は先ほどこっそりと飲んできた「新しいエール」……いや、ビールの味わいを思い返していた。それだけで口の中に唾が湧いてくる。そろそろ暑くなってくる季節に、よく冷えたエ……ビールはご馳走だった。それに、あの何とも言えぬ苦みと爽やかさ、シュワシュワとした刺激、全てがこれまでに無いものだった。あんなものを味わったら、生温いエールなど飲む気になれんのは同感だ。しかし、一体どうやったらあんなエー……ビールが造れるのか……。
再び溜息を一つ吐いて、善後策を考えようとしたところへ、副官として使っている部下が入って来た。配下の兵士二人を連れて。おかしなまでに狼狽えて。
「店長!! 大変です!」
「どうした? 何を取り乱している?」
あのビールのせいで、うちの店はもう終わったも同然だ。という事は、この町における情報収集拠点が無くなったという事でもある。これ以上取り乱す事など無い筈だ。
「ビールの事はお忘れ下さい。それどころではない事態が発生しました」
ビール以上の問題だと?
「聞かない方がいい気がするんだが……気のせいかな?」
「その判断はつきませんが、自分としては報告の義務があります」
店長と呼ばれた商人は、三度溜息を吐くと報告を促す。
「話してくれ」
そこからの話はリーロットで起きたのとほぼ同じ内容だった。ただし、こちらの兵士はリーロットの馬鹿兵士より数段優秀で、素知らぬ顔で砂糖自体の販売について訊ね、やんわりとした断りの言葉を聞いてからは注文したハーブティー(砂糖入り)を密かに水袋に移して持ち帰った。
険しい顔付きで副官の報告を聞いていた「店長」は、当事者である兵士から更に二、三点聞き出すと、三名を下がらせた後で直ちに本国への緊急報告を行なう。ビールの件と、砂糖の件について。兵士が持ち帰ったハーブティーについては、「店長」が少しだけ味見をした後に、直ちにそれを本国へ送るよう手配した。これを分析すれば、一応の物証は得られるだろう。
その一部始終を、影に潜んでいたシルエットピクシーが見聞きしていた。




