第九十六章 五月祭(中日) 2.リーロット(その2)
テオドラム国内で売っている「上質糖」は三百グラムで金貨一枚。さっきの娘が量り入れていた「砂糖」は茶匙一杯だから、大体三~五グラムだろう。それだけで、銀貨一枚~一枚半以上の値段になる。混ぜものをした粗悪品ならともかく、飲んだ限りでは、寧ろテオドラムの「上質糖」より遙かに上質だ。そんな砂糖を入れた飲み物――しかもよく冷えた――が半銀貨一枚だと? こんなものが出回った日には……
テオドラムの砂糖なんか見向きもされなくなるぞ。
二人の脳裏には、抑の原因となった小麦の販売不振の事が浮かんでいた。小麦に続いて砂糖まで売れなくなったら……
テオドラムは終わりだ……。
「ふ、巫山戯るなっっ!!」
そんな事があってたまるか!
「お客様、どうかなさいましたか?」
先ほどのエルフの女性とは違う獣人の少女が問いかけるが、頭に血が上った二人には別人かどうかなど問題ではなかった。
「来いっっ! 不審の廉があるので取り調べる!」
一介の冒険者の身なりをして、不審の廉も取り調べるもないもんだが、逆上している二人にそんな理屈は通じない。獣人の少女に手を伸ばして引き立てて行こうとする。
「お待ち下さい。何か問題でもございましたか?」
立ち居振る舞いから責任者と見える女性が二人に問い質す。その眼の奥に、撒き餌に引っかかった獲物を見るような光があったのは気のせいだろうか。
「この店は我が国の利権を不当に侵害している! 資産の全てを接収の上、本国まで連行する!!」
「本国とはどこか、お訊きしても?」
「「テオドラム王国だ!」」
あぁ、言っちゃったよ、という感じの生温い視線を送る売り子の女性たち。だが、二人はそれに気付かない。
「お国の利権を侵害したというのは、どういう事でしょうか?」
「砂糖だ! 我が国でしか造れぬ筈の砂糖を不当な安値で販売している!」
「我が国の製法を盗み出したのは明らかだ!」
「当店でお出ししている砂糖が、お国の砂糖と同じものだと?」
やんわりと問いかけられて、ぐっと言葉に詰まる二人。この店で出している砂糖の味は、テオドラム産の「上質糖」など及びもつかないほどに上質なものだ。同じなどと言える訳がない。その内心を代弁するかのように、他の客たちが口々に反論の声を上げる。
「口が腐っても、同じたぁ言えねぇな」
「あぁ。俺もテオドラムの砂糖を買った事はあるが、青臭さというかエグ味があって、あまり美味いもんじゃなかった」
「味は舶来品には及ばねぇな。安いのだけが取り柄だ」
「それも、この砂糖が出回ったら終わりだろうがな……」
内心自分でも同意せざるを得ない正論が、グサグサと二人の理性や自重に止めを刺す。
「えぇいっっ! うるさい!」
「文句を言わずに来いっ!!」
掴み掛かろうとした二人だが、女性はするりとした身のこなしでそれを躱すと、店内の客に向けて宣告する。
「皆様、折角お寛ぎのところまことに残念ではございますが、我々と致しましても理不尽な仕打ちに甘んじるつもりはございません。当店はただ今をもちまして営業を終了させて戴きます。短い時間ではございましたが、ご贔屓ありがとうございました」
優雅な仕草で一礼する責任者の女性に合わせて、いつの間にか後ろに整列していた売り子たちが揃って一礼する。そして、一同があっけにとられている間に手際よく店を畳み、幻のごとく消え去る。
後には呆然としているテオドラムの兵士二人。そして、楽しみを奪われて凶暴な怒りを滾らせた客たちがその二人を取り囲み……。
客たちが去った後には、息も絶え絶えとなったボロ雑巾が二つ残されていた。




