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第九十六章 五月祭(中日) 1.リーロット(その1)

 今日は五月祭の二日目、いわゆる(なか)()である。好天に恵まれ、人出も上々。五月祭に出店している商人たちの顔が明るい中で、テオドラムから出向いてきたエール商人は浮かない顔を……いや、正確に言えば苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 昔日の面影もなく(ちょう)(らく)したヴァザーリに代わって、このリーロットに新たな諜報拠点――要するにエール酒場――を構築する、その先鋒として五月祭の出店を任されたのだが……初日の収益が思わしくなかったのだ。普段ならトントンかまぁまぁ黒字と言ってもいいだろうが、今回は国内でだぶついた小麦の消費を(もく)()んで、大量のエールを醸造して持ち込んでいる。エールは元来が日()ちのしない上に、今回はこれまでヴァザーリにエールを供給していたマルクトの醸造所で造っている。ヴァザーリからここリーロットまでの距離が追加になった分、エールの日()ちは更に厳しい事になっている。リーロット最寄りの町といえばニルなのだが、生憎(あいにく)とあの町には大規模な醸造所は無い。なので今回は従来どおりマルクトで醸造したものを持ち込んだのだが……下手をするとこの賭、凶と出るかもしれん。一刻も早く販売不振の原因を調べて、その元凶を取り除かねば(・・・・・・)……。



 テオドラムの国策とも言える国外諜報拠点の建設。それを妨げるものを排除する事に、商人――実際はテオドラムの諜報部隊の一員――は何の躊躇(ためら)いも持たなかった。



・・・・・・・・



 その二人連れは、自分たちの店から客を奪った酒場――酒場の筈だ――を探していた。早々に見つけて「対処」しなくては、持ち込んだエールが無駄になりかねない。エールというものは日()ちする商品ではないのだ。万一売れ残りが多く出て赤字になったら、自分たちまでとばっちりを受けて評価が下がってしまう。商隊を率いるエール商人――の振りをした諜報畑のベテラン――と違って利己的な動機だが、その分(かえ)って切実とも言える。()くしてテオドラムから来た二人の兵士――護衛の冒険者を装っているが――は、目を皿のようにして自分たちの競合相手を捜していた。多少頭に血が上っていた二人が、早い時間から客で賑わっていた店を見つけて、これぞ競合相手と判断したのは無理からぬ事であったかも知れない。



「見つけたぞ……」

「すぐに報せるか?」

「いや……折角だ。どんなものを売っているのか見てからでも良いだろう」

「あぁ……そういえば丁度喉も渇いているしな」



 二人は行儀良く列に並ぶが……進むにつれて、ここがどうも酒場でないらしい事に気が付く。品書き(メニュー)らしいものが売り場の上に並んでいるが……茶だの果実水だのと書いてある。タンサンいうのは何か判らないが……。ただ、客はいずれも買った飲み物を大事そうに抱えて戻って来る。その表情と素振りから、満足のいく買い物をしたらしい事は明らかだ。



「どうする? 酒場じゃないみたいだが……」

「ここまで来て戻るのもなんだしな。とりあえず一杯飲んでみよう。エールじゃなくても喉を潤す事はできるからな」



 とりあえず喉を潤す事にした二人はそのまま売り場に進む。先ほどから気付いてはいたが、売り子は亜人の若い娘だ。いずれも整った顔立ちをして、貴族の使用人のような揃いの衣服を身に着けている。



「いらっしゃいませ。何になさいますか?」


 自分たちの番が来た時に応対したのは、エルフの若い――少なくとも見かけは若く見える――娘だ。亜人にしてはなかなかの器量に一瞬目を奪われるが、気を取り直してハーブティーの一種を注文する。少し渋いが暑気払いにはいいだろう。同僚は果実水を注文していた。


「かしこまりました。お砂糖はお入れしてよろしいですか?」

「……砂糖?」

「はい。一杯までは無料でお入れしています。砂糖抜きを希望されるお客様もいらっしゃるので、ご希望をお()きしています」


 こんな店で砂糖だと? どうせ(まが)い物か、しこたま混ぜものをした粗悪品だろうが……成る程、そうやって田舎者を(たぶら)かしたのか。生憎(あいにく)だったな、小娘。俺はテオドラムの兵士。砂糖なら何度も口にした事があるんだよ。


「そうだな、入れてもらおう」

「はい」



 二人の見ている前で、亜人(ノンヒューム)の女性は壺から茶匙(ティースプーン)一杯の砂糖を(すく)ってそれぞれの器に入れ、スプーンを添えて手渡す。その「砂糖」は、二人が見た事がないほど真っ白に輝いていた。気を呑まれたような二人に、エルフの女性は飲み物を手渡す。値段は半銀貨一枚だった。



「よく混ぜてお召し上がり下さいね」



 半ば呆然としたままに二人は手近の席に着き、それぞれの飲み物に口を付ける。最初に気が付いたのは冷たさだ。手渡された時に気が付いていた筈だが、真っ白な「砂糖」に注意を奪われていて、器の冷たさに意識が向かなかった。驚きつつもコップに口を付けた二人。口の中に柔らかな、少しのエグ味も無い清冽な甘みが広がる。決してべったりとした甘さではなく、ハーブティー本来の味を引き立てるような甘さ。同僚の顔付きから、おそらく果実水もそうなのだろうと見当が付く。


 至福の味わいに心を奪われていた二人だが、やがて大変な事に気付く。

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