第十章 わるだくみ 1.攻撃目標の選定
またしてもクロウがろくでもない計画を立てます。さて、今回の被害者は……。
洞窟の中で、俺はもう何度目かになる眷属会議を開いていた。洞窟居住のメンバーに加えてクレヴァス在住のメンバーたちと、今回は精霊樹の爺さまおよびロムルスとレムスにも、念話を介して参加してもらっている。
今回のテーマは「安全保障」だ。
『安全保障というと、具体的にどういう事でしょうか』
『うむ。不本意ながらこれまでモロー、シルヴァの森、バレン、と騒ぎを起こしてきたわけだが、いずれも王国北部の比較的狭い範囲にまとまっている。三つの騒ぎの関連性を疑われた場合、当然調査はこの範囲に集中する。下手をするとエッジ村にも手が伸びるかもしれん』
『そうなると新参の異邦人などという胡乱な者は、容疑者の筆頭じゃな』
『爺さまの言うとおりだ。我々が目立たず静かに引き籠もるためには、他の場所で派手に騒ぎを引き起こす必要がある』
『言葉に矛盾がある気もしますが、主旨については同意します』
『で、どこで騒ぎを起こそうか、というのが今回の議題だ』
無茶苦茶である。はっきり言えば大規模テロの計画を練っているのと変わらないが、クロウ視点ではこれは必要不可欠な事であった。
『正直、不穏な事この上ないのぅ。王国を戦乱の巷とするつもりか?』
『そこまでの事は考えちゃいない。要は人目がこっちから逸れてくれればいいんだ。とは言え、無辜の民を巻き込むのは避けたい。あのクソ男爵みたいないけ好かないやつが他にいればいいんだが』
『それならおるぞ。亜人迫害の旗頭じゃ』
『ヤルタ教の……教主ですか?』
『あぁ、それと、亜人たちの奴隷売買を一手に引き受けて私腹を肥やしておるヴァザーリ伯爵じゃ。あやつもヤルタ教の支持者だしのぅ』
ヤルタ教というのは王国中南部を中心に勢力を広げている人族至上主義の一派で、「神の恩寵を受けたのは人族のみであり、従って人族には、恩寵を受けなかった亜人たちを善導する義務がある」と主張して、亜人の教導という名目での奴隷化を進めているという。彼らに反抗する亜人は、これを神に背く神敵として討伐を正当化しているらしい。奴隷という労働力を必要としている資本家たちの支持を得ているそうだ。ついでに言うと、「亜人」という表現自体も、本来は人族至上主義観によるヤルタ教の造語らしい。爺さまは気にせず使っているようだが……いいのか?
『そういう手合いなら遠慮は要らんな。そいつらの本拠地はどこだ?』
残念ながら、ヤルタ教の本拠は王都イラストリアにあるらしい。今回のターゲットとするにはちょっと厳しいか。
『ヴァザーリ伯爵の領地は王国の南西の外れじゃな。隣接する二国との交易の要所に領都ヴァザーリがある。奴隷売買もそこで行なっておる』
よし、ターゲットはそこだな。
『ご主人様……いきなりヴァザーリは……唐突すぎませんか?』
ふむ。確かにいきなりヴァザーリ伯爵を絞めてもわざとらしいか。最悪、こっちに対する目眩ましと思われても面白くない。これまでの一連の騒ぎとの関連性を臭わせつつ、いままでの騒ぎがヴァザーリ攻撃のための陽動であるように見せかけられればいいんだが……。
『クソ男爵とヴァザー……クソ伯爵との関係もしくは共通点は? 同じようなクソであると言うことを別にしてだが』
『直接の関係はない筈じゃが、二人ともヤルタ教の支持者じゃな。ついでに言うと、あの馬鹿勇者を選任したのがヤルタ教の教主じゃ』
『ほほう。では、一連の騒ぎを反ヤルタ教のレジスタンスに見せかける事は可能だな。実際のレジスタンスにしてみれば迷惑かもしれんが、そこはヤルタ教の勢力を削る事で納得してもらおう』
『具体的な……作戦行動は……どうしますか』
『これまでの作戦で反ヤルタ教の可能性を暗示しておいたわけだが、同時にこれまでの攻撃がヴァザーリ攻撃のための陽動だと――この近辺は王国軍の注意を引く、それだけの意味しかないのだと――思ってもらわなきゃ困る。だからもう一手、別の場所に陽動をかけて、こちらへの注意を逸らすと共に、一連の作戦が全てヴァザーリ攻撃のための陽動だと思わせる』
『他の場所じゃと?』
『あぁ、南に対する陽動なら北だろう。王国最北の要衝、ノーランドの関所を攻撃する。そうすれば今度は、ここいらでの騒ぎがノーランド攻略のための陽動にも見えてくるだろう』
『マスター、いつもながらこういう話になると、水を得た魚のようですね』
『クロウ様の戦略眼・戦術眼は、私たちとしても得るものが多いです。今回もしっかり学ばせて戴きます』
『ほんに、黒い話は得意じゃのぅ』
うるさいよ。
もう一話投稿します。




