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第九十三章 五月祭の準備 2.原案(その2)

「あぁ、それと可能なら複数の町に(しゅっ)(てん)したいんだが、テオドラムがエールを販売している町はどこになる?」

「イラストリア王国内ではヴァザーリとサウランドですね。ただ、ヴァザーリはこのところ(ちょう)(らく)が著しいため、リーロットに鞍替えするのではないかと見られています。あとは、テオドラムの交易下にはありませんが、バンクスはどうでしょうか」

「テオドラム産エールの出荷圏内でないのにバンクスを挙げた理由は?」

「まず、ドランの村から近いので、彼らが販売を希望しているという事。マナステラとの交易が盛んである事。そして最大の理由が、リーロットとサウランドに絞った場合、あからさま過ぎないかという事ですね」

「成る程……テオドラムのエールだけを狙い撃ちするような真似をすれば、連中もさすがに敵意に気付くか……。バンクスでも販売する事で()(くら)ましになると同時に、砂糖の販売ルートを確立する上でも役に立つ。競合関係にある事は判っても、敵対関係にあるとの断定はできないか……ホルン、三ヵ所に(しゅっ)(てん)するとして、ビールや人員の手配は可能か?」



 クロウの言葉に(うなず)いて問題は無い事を示すホルン。しかしその余裕ある態度も、次の言葉で完全に吹っ飛んだ。



「そうすると、あとは制服だけだな」

「は?」

「制服?」

「ん? どうかしたか?」



 現代日本で育ったクロウこと(からす)(まる)良志(ながゆき)にとっては、レストランやビアガーデンの従業員が揃いの制服を着ているのは当たり前の光景である。しかしこの世界では、たかが酒場の店員が制服を着るなど考えられない事であった。



「あ、あの……精霊使い様、この国では制服などという物は、軍人以外は貴族の使用人くらいしか着用しないのですが……」

「ほう。それでは従業員にそれっぽい制服を着せれば、客はちょっとした貴族気分が味わえるというわけか。案外行儀も良くなるかもしれんな」



 クロウの言葉に絶句しつつも考え込む亜人(ノンヒューム)三人衆。言われてみれば確かにそうだ。少なくとも人目は引けるだろう。葛藤しつつも納得した様子の三人に、マナステラ金貨五十枚程が入った革袋を手渡すクロウ。最終的な雇用人員数が不明だが、手付け金くらいにはなるだろうという判断である。受け取るホルンは既に能面のような顔付きになっている。


 この世界の衣服は古着が多く、新しい服を仕立てるのは年に一回あるか無いかである。よって制服を仕立てるのも高くつくだろうと考えての金額であったが、実のところこの世界に制服というものが無い(わけ)ではない。先ほど話に上った軍人・騎士団や貴族の使用人、学院の職員や生徒などは制服を着用しており、それ専用の店もある。渡りをつけるのが少々面倒だが、学院に勤務しているエルフの知人から話を通してもらえればなんとかなる筈だ。それらの店のコンセプトは薄利多売。少なくともクロウが考えているほど高価な買い物にはならないのである。



「デザインは任せるが、着脱が容易で汚れが目立たず、かつ汚れを落とし易いものを選べ。各人のサイズに合わせたものを準備しろよ? 身体に合っていない制服など、見苦しいだけだぞ。あぁ、それから接客マニュアルは俺の方で準備する」



 またしても知らない言葉が飛び出した。接客マニュアルとは何だ? しかしホルンたちはその疑念を華麗にスルーする。どうせ近いうちに判る事だ。



「しかし……ここまでして戴いても良いのでしょうか?」

「気にするな。俺の方に飛び火しないように、亜人(ノンヒューム)たちを火除(ひよ)(かぜ)()けに使わせてもらっているだけだ。臆病者と(わら)ってくれてもいいぞ?」

「いえっ! そのような事は()(じん)も……解りました。表だっては我々(ノンヒューム)が動いた事にしておきます」

「あ、けど……」

「どうした? トゥバ」

「いや、ビールはともかく砂糖も我々が作った事にするのか?」

「あぁ……それがあったか……」

「砂糖については、亜人(ノンヒューム)が独自の伝手(つて)で得た事にして、詳しくはぼかしておけばいいだろう」



 こうして、(きた)る五月祭の(しゅっ)(てん)についての概要が(まと)まった。清涼飲料としては数種類のハーブティのようなものを亜人(ノンヒューム)の方で検討する事になった。ビールについては、つまみも含めてドランに一任。クロウがやることは接客マニュアルの作成のみ――そう思っていた。



 カイトたちにせっつかれたクロウが半ば自棄(やけ)になって、オドラントで小麦粉からのビール醸造に着手するのは二日後の事である。

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