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第九十二章 王都イラストリア 2.ヤルタ教中央教会

本日二話目です。

 ヤルタ教教主ボッカ一世は、テオドラムの教会からの報告書を前に考え込んでいた。テオドラム王国からの誘いを受けて旧都テオドラムに教会を建ててから既に半年。ヤルタ教はテオドラム王国に着実に根を張り始めていた。


 教主の持論では、教会とは迷える民に寄り添うべきもの。言い方を変えるなら、不幸や挫折に見舞われている者はいいカモ……いや、迷いから救い出して導くべき信徒である。幸か不幸か、テオドラムへ派遣した伝道士たちは、()の国へ赴いてからというもの導くべき(しゅ)(じょう)に不足した事は無いらしい。遡ればテオドラム産小麦の不買運動や()(そう)による汚染問題、鉱山のダンジョン化、対モンスター用の防護施設の不備と、国として大丈夫なのかと心配になるほど多くのネタを提供してくれた。その都度、悩める(しゅ)(じょう)に正しき道を教え導くよう指示してきたのだが……。



(ふむ……農作物の不買に関しては、彼の国(テオドラム)が生産物を一括買い上げするという体制のせいか、農民からの不満はさほどでもなかったようだが……()(そう)の毒による水の汚染はかなり民の不安を掻き立てておったようだな)



 教主は伝道士たちにマーシュ・テストのやり方と銀器による簡易的な砒素検出の方法を教え、当時はまだ封鎖されていなかったシュレクの水を入手して実効性を確認させた後で、伝道士たちを旧都近くの村々へ派遣して水質を検査させた。その上で、シュレクの水を使ってのデモンストレーションを併せて行ない、確かな保証を求めていた村人たちの心をしっかりと掴んだ。更に、ヤルタ教の司祭や助祭がいれば定期的に水質の検査を行なえると言葉巧みに(そそのか)し、村々に小さな礼拝所を設ける事に成功していた。実利実益をもたらしてくれる存在に民衆が(なび)くのは人の世の常である。ヤルタ教テオドラム教会は、旧都テオドラムに到着して一月も経たぬうちに支持者――まだ確たる信者とは言えないが――を得る事に成功していた。


 その後、どうやらテオドラムの軍事行動が失敗に終わったらしい事を掴んだが、ボッカ一世はあえてそれには触れぬように、必要以上にテオドラム王家に接触しないように指示していた。教団が必要とするのはあくまでも信者であり、いつ(なん)(どき)豹変するかも知れぬ王家の庇護ではないのである。



(防護柵の件も良いネタであったな。イラストリアで対モンスター用の防護設備は飽きるほど見てきたからな、指導するのも容易(たやす)いものであったわ)



 テオドラム王家が各都市の防衛施設の強化という方針を打ち出してからは、各礼拝所に詰める伝道士たちに指示して、村々にも簡易ではあるが防護柵の建設を指導させた。これはテオドラム教会を預けた司教の判断であるが、ボッカ一世はこれを追認した。簡単な造りとはいえ、イラストリア王国でそれなりの実績を築いてきた防護柵である。モンスターの事を何も知らない素人が造るよりは格段に優れたものになっており、村人たちの信頼は一層確固たるものとなった。しかしヤルタ教の伝道士たちは、その防護柵があくまで時間稼ぎのためのものでしかないと述べ、より安全な場所への避難経路の確立と周知、避難訓練こそが重要と力説した。それを面倒臭いと思った村人も多かったが、そんな彼らも村人たちを守るために率先して作業に取り組む伝道士たちには尊敬と感謝の念を抱いた。


 ヤルタ教はテオドラムの地にしっかりと根を張り始めていたのである。



(したが……()(たび)の件はまたどう考えればよいのか……)



 回想に(ふけ)っていた教主は、改めてテオドラム教会から送られてきた緊急報告に目を通して考え込んだ。そこには、シュレクに現れた尋常ならざる大きさのスケルトンワイバーンが、評判の悪い地主を(さら)って行った事が(したた)めてあった。現時点ではテオドラム教会の情報網もテオドラム軍にまでは及んでいないため、(さら)われたコーリーの最期までは書いていない。それでも、比較的早い時期にこの情報を探り出した事は、テオドラム教会の大金星と言って良いであろう。問題なのは、それをどう解釈するかである。



(尋常ならざるスケルトンモンスターとなると……やはりヴァザーリを襲ったスケルトンドラゴンと無関係とは思えぬな。「バトラの手先」と見なすべきであろう)



 教主本人は「バトラの手先」などというものの存在を――自分で言い出しておきながら何だが――信じてはいないが、一種のコードネームとして扱うには都合がいいのでそう呼ぶ事にしている。



(手先どもがなぜ田舎地主を襲ったか、問題はこれに尽きる。余程に評判の悪い地主だったとみえて、天罰だとまで言う者がおるそうじゃが……天罰だとするとスケルトンワイバーンが神の使いという事になる。こちらにとっても具合が悪いが、それ以前にこの考えは民衆には受け容れられぬであろう)



 手元の杯が空になったのに気付いて、(おもむろ)に席を立ってお代わりを注ぐが、その間も思考は止めない。



(次に思いつく説明は、性悪地主が魔族か魔物かと契約していたのが、契約を破ったか何かして報いを受けたという説明か。これならすんなりと受け容れられるであろうが……今回に限ってはな。地主めは王国軍と取引があったらしいからの。余計な事を言い触らしてテオドラム王国の不興を買うのは、今はまだ(まず)い)



 結局はこの辺りの事を言い含めて、この一件についてはスルーさせるしかないかとテオドラム教会への指示を決める教主。しかしやはり気になるのは、「バトラの手先」が何を考えて動いたのかという事である。



(そう言えば、ヴァザーリに出現したスケルトンドラゴンは亜人どもに加勢しておったな……。(くだん)の地主め、何ぞ亜人を敵に回すような事をやらかしおったのではないか?)



 教主はこの事を確認するように、テオドラム教会への指示に書き加える。



 シュレクの地主であったコーリーが亜人奴隷の売買を仲介した事があったという調査結果が届くのは、もう少し先の事になる。

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