第九十二章 王都イラストリア 1.国王執務室
申し訳ありません。予約投稿のスケジュールを間違えておりました。
ある日の早朝、国王執務室ではいつもの四人が幾分緊張した面持ちで集まっていた。テオドラム王国シュレク鉱山における異変の詳細報告がやっと届いたのである。
シュレクでの異変の概要はその日のうちに魔道具による通信で届いたものの、詳細な報告がイラストリアに届くのにはそれから十三日を要した。王都ではその報告が届くのを一日千秋の思いで待ち侘びていたが、まさかテオドラム王国に飛竜を持ち込むわけにはいかず、かといってテオドラム軍の飛竜を借りるわけにもいかずという次第で、斯くの如く時間がかかったのである。
「さて、事の次第はさきほど説明したとおりじゃが、お主たちはどう考えるな?」
宰相の質問に、まずローバー将軍が答える。
「護衛を傷つけずに目標のみを確保した手並みといい、尋常でないスケルトンワイバーンといい、Ⅹの仕業臭いですな」
「じゃが、ヴァザーリの時とは違うて、聖気を纏ってはおらなんだぞ?」
「そりゃぁ、怨霊どもの許へ目標を運ぶ訳ですからな。聖気を撒き散らすわけにゃいかねぇでしょうよ」
「ふむ。ウォーレン卿はどう考えるな?」
「同じです。処刑されたのは随分と評判の悪い人物のようですからね。Ⅹとしても躊躇いは無かったでしょう。自分としては寧ろタイミングが気になります」
「「「タイミング?」」」
他の三名の声が揃う。それと同時に、さぁ来たぞ、というような一種の期待感を込めた視線がウォーレン卿を捉える。少なからず警戒も混じっているが。
「えぇ、タイミングです。選りにも選ってモルヴァニアが国境の向こう側に部隊を派遣した時期と重なるのは偶然でしょうか?」
「……そう言うって事ぁ、偶然じゃ無ぇって考えてるって事だな?」
ローバー将軍の言葉に、困ったような表情で首を振るウォーレン卿。
「正直なところ判りません。ただ、これが偶然でなくて意図的なタイミングであったとしても、どうにか説明がつくように思います」
「……その説明ってやつを聞こうか」
「一種の警告ではないかと」
「警告だぁ?」
「ええ。Ⅹにしてみれば、モルヴァニアとテオドラムの部隊に挟まれたわけですから。もし両者が一戦交えるつもりなら、黙って見ているつもりはないぞと警告したのではないかと。そう考えると、五頭ものスケルトンワイバーンを送って寄越した理由も見えてきます。目標を攫うだけなら一頭で充分だった筈ですからね」
スケルトンワイバーン五頭を出したのは、単にスケルトンワイバーンが五頭いたからというだけなのだが、それ以外の部分はクロウの考えをほぼ言い当てていた。
「……Ⅹの仕業であるとして、テオドラムに対する牽制とは考えられぬのかな?」
宰相の質問に頷きながら答えるウォーレン卿。
「確かに、主な警告の相手はテオドラムでしょう。しかし、通常の三倍以上の巨体を持つスケルトンワイバーンが五頭も整列して飛んでいたわけですから、モルヴァニア軍にも見えたと思いますよ。むしろ、モルヴァニア軍に見せるために、わざわざ巨大なスケルトンワイバーンを誂えたのだと考える方が自然です」
これについては残念ながら深読みのし過ぎである。クロウに深い考えはなく、試しにやってみたらできたのでやった、というだけなのだが、そんな思いつきだけの行動は、優秀な軍人としての論理的思考の埒外にあった。
「うぅむ、成る程のう……」
当然、優秀な政治家としての論理的思考の埒外でもある。
「……ってぇと、Ⅹのやつぁモルヴァニアに対しても自分の存在を誇示していると見ていいか」
「恐らく。諜報の連中によると、例のテオドラム軍備レポートはモルヴァニアにも流れた形跡があるとか。モルヴァニアもある程度の事は承知の上でしょう」
違う。
クロウは抑、件のレポートがどこへ流れたかなど気にしていない。ワイバーンがモルヴァニア軍に見えるかどうかなど考えもしなかった。モルヴァニアにしても、あのレポートはエルフから流れてきたものとだけ理解しており、クロウのような異分子の存在には気付いてもいない。
才人にありがちだが、ウォーレン卿も自分の才能を基準に物事を考えるため、他者の才覚を過大評価する事がままあった。そういう欠点を知っているローバー将軍は、モルヴァニアがそこまで知っているかどうかに疑問を投げかけるのだが……。
「モルヴァニアの連中がそこまで知っているか? 上層部は知っているとしても派遣部隊の連中が知らされているかは一考の余地があると思うが……」
当然、知ってはいない。
「……それでもⅩの方はモルヴァニアを意識していると考えた方がいいか」
結局、クロウに対する誤解が解ける事はないのであった。
本日は前回分と合わせて二話投稿します。




