第九章 王都イラストリア 4.国王執務室
第九章最終話です。少し短めです。
「バレンのヤルタ教が物資の補給に手を着けたとな?」
執務室で話しているのはイラストリア王国国王と、その腹心である宰相である。室内には他の者はおらず、密議である事が見てとれる。
「は、ドランほどの穀倉地ではありませぬが、小さな農地はあちこちにあります。大商人は効率を追求したため小農地には手を着けておりませんでしたが、行商人たちはこれらの小農と伝手を繋いでおります。ヤルタ教はこれらの行商人を手懐け、一部は信者である農民から直接に買い上げて、得た穀物を教会が無償で領都バレンの民に配っております。また、これを知った一部の農民は、自発的に教会――今のところは掘っ立て小屋ですが――に穀物を無償で運び込んでおります」
「あの騒ぎでヤルタの教会は焼け落ちたと聞いておるが……その様子では遠からず再建できそうだの」
「はい、バレンでのヤルタ教の評判は忌々しい事に鰻登り。対して男爵に対する評価は底の底まで堕ちております」
「後者については重畳。しかしヤルタ教が息を吹き返したのは痛いの」
「恐らく教主の差し金でしょう。あの御仁はろくでなしの俗物ではありますが、見識も知略もそれなりですから」
下手をするとバレン復興のために王国が動かねばならないかと頭を痛めていた国王にとって、これはある意味で朗報であった。援助を行なったのがヤルタ教なのが気に入らないだけである。そして、ヤルタ教の名が出たところで、国王はあの教団の問題点に意識が向いた。
「亜人への迫害はどうなっておる?」
「いつも通りです。エルフへの反感から亜人への風当たりが強くなるのを懸念しておりましたが、特にそういう事は無いようです。領都があの状態ですから、そんな暇は無いというのが本音でしょうが」
「教会の食糧配給の対象には亜人も含まれておるのか?」
「はい、正しき道に立ち返った亜人は人族と同様の、あるいはそれに準じた扱いを受けるべきだと言って、亜人へも同じ様に配給しています。要は懐柔策ですな。敵対する亜人に対しては苛烈な立場を崩さないようですが、順化した亜人への迫害はなされていません」
「ふむ。亜人征服に加えて服属化の色彩を強めたとも言えるの」
亜人討伐はヤルタ教の主張の一つである。善導の名を借りた亜人の討伐と奴隷化が引き起こす問題は、イラストリア王国のみならず周囲の国々にとっても頭の痛い問題であった。ヤルタ教発祥の地として、イラストリア王国には周囲からの風当たりが強かった。
これまでは教団自体が討伐部隊を編成するような事はなく、教義に迎合した貴族や奴隷商人が討伐部隊を編成していた。しかし、教団が亜人への対決色を強めたとなると……。
「教徒が自警団を創立するような動きはあるのか?」
「今のところ軍事的な行動はみられません。ただ、確認された情報ではありませんが、教主が次の勇者の選定に入ったという噂があります」
「ふむ……。理由というか口実については判っておるか?」
「残念ながら。ただ、先代勇者がダンジョン内で命を落とした事から、魔族への備えを理由として持ち出すのではないかと」
「うむ。勇者の件については引き続き調査を続けよ。ヤルタ教が独自の戦力を持つようになると危ないでな」
「御意」
明日はまたクロウ視点の章に入り、クロウがろくでもない計画を立てます。




