第九十一章 ダンジョンさま 3.秘密の農地改良
『抑だ、あの鉱夫村の住民は、俺たちとの対話を必要としているのか?』
自分で口に出しておきながら、俺は今更のように鉱夫村の現状を知らない事に気がついた。一応オルフに訊ねてはみたが、ダンジョンの外は管轄外なので把握していないという。そりゃそうだ。それではというので、怨霊となった元鉱夫たちに訊ねてみたところ……
『食糧が自給できてない?』
怨霊たちが口を揃えて言うには、鉱山付近の土は痩せていて作物の育ちは悪く、しかも砒素汚染のためにほぼ食べられないという。そこで、テオドラム王国が作物を買い上げて代金を払い、なおかつ小麦などの食糧を定期的に配給していたそうだ。しかるに鉄鉱山のダンジョン化後は、王国との連絡も途絶えたままになっている訳で……。
『食糧供給待った無しじゃねぇか!!』
『とは言うてもじゃ、こちらに備蓄食糧がある訳ではなかろう?』
『王宮から強奪しますか、マスター?』
『それはそれで、村の立場が悪くなるような……』
『順当な手段としては農地の改良だろうな』
『ますたぁの肥料、与えますかぁ?』
『いや……アレは……いくら何でも効き過ぎだろう……』
ライが言っているのは、オドラントの試験場でサトウキビに使った液体肥料の事だろう。十万倍に稀釈してなおサトウキビをモンスター化させた代物だ。あんなものが使えるか。
『いえ……失礼ながらご主人様、オドラントはダンジョンであった事をお忘れでございますか? 普通の畑で使う分には、使用量に注意さえすれば何とか使えるのではないかと愚考致しますが』
うん? そうなのか?
『あ、主様、確かにそんな気がします』
う~む……土魔法持ちが揃ってそう感じるのか。
『マスター、万一何かあっても、ここなら問題無いんじゃないですか?』
身も蓋も無い発言だが、キーンの言うのにも一理あるな。どうせ実験は必要なんだと割り切れば、ダンジョン様の御利益で押し通せるシュレクでやっちまった方がまだましか。しかし、それとは別に液体肥料に頼るのは問題があるな。
『問題ですか?』
『あぁ。怨霊たちの証言によると、土がガチガチに固くなっているそうじゃないか。もう少しふわっとした感じの土に育てないと、農地には向かんだろう』
うちは両親ともに実家が農家だったし、花壇の手入れなんかもしていたから、少しはその方面の知識もある。化学肥料に頼ってばかりだと、土の団粒構造が失われて、通気性や透水性が低下して植物の生育にもよくないんだよ。多様な土壌動物が棲み着いて、自然と土を耕してくれるのが一番なんだが……。
土壌の耕耘自体は土魔法持ちに頼るとしても、有機質の肥料をどうするか……。
『主様、枯草か何かあれば、土魔法で堆肥に変える事もできますよ?』
『ここでは枯草そのものが見当たらんじゃないか』
元々が荒れ地のシュレクでは、植物自体ほとんど生えていない。なけなしの草木も燃料に使われるため、肥料に回す分を確保できない。抑そんな余裕があれば、最初から村の住民が肥料に使っている筈だ。
『他所から持って来ます?』
『……ていうか、テオドラムでは肥料をどうやって調達してるんだ?』
日本では里山の腐葉土なんかを使っていたが、テオドラムには使える山林自体が無いだろう?
この質問の答えは怨霊たちから得られた。
『作物の刈り残しをそのまま畑にすき込むか、家畜に食べさせてその糞を使うのが普通ですね』
『生やすと土地を肥やす牧草なんかもありますし』
マメ科のクローバーとかか? 根粒菌を共生させて空気中の窒素を固定するから、緑肥として畑にすき込めばいいわけだが……いや、それよりも。
『村では豆類は作っていないのか?』
この質問にも怨霊たちが答えてくれた。豆類は国の買い上げ対象になっていないので、どうしても敬遠されるようだ。窒素固定能力のある豆類なら、収穫と土壌改良の一石二鳥を狙えるかと思ったんだが。
『話を戻すとして、そんな状況では他所から持って来るのも無理じゃないか? 収穫前の作物を掻っ払う訳にもいかんだろう』
『ますたぁ、サトウキビの搾り滓はぁ?』
あ……それがあったか!
『確かにあれなら使えるかもしれんな。何だかんだで結構な量が貯まっている筈だ。スレイ、ウィン、すまんが眷属たちを動員して堆肥化してみてくれるか?』
・・・・・・・・
できあがった堆肥は結構な量になったので、鉱夫村の連中が寝静まった深夜に、土魔法持ちの従魔を動員して畑にすき込み、ついでに土も耕しておいた。畑の近くに給水用の井戸も掘っておいたから、少しは楽になるだろう。
ざっと見て回った感じだと、作物の種類も量も少なく、自給自足にはほど遠い。芋か何か成長が早い作物の苗をどこかで調達する必要があるか。まぁ、とりあえずは今栽培している小麦の生長を見ておこう。
場合によっては肥料を使うか……。




