第九十一章 ダンジョンさま 2.緊急眷属会議
ややこしい事態になったというので、クロウはその場で急遽眷属会議を招集した。招集とは言っても各ダンジョンのコアに念話で連絡を取り、所属するダンジョンモンスターたちとはコアを介して意見を遣り取りするだけであるが。それでもヴィンシュタットのオーガスティン邸にいる全員と巡洋艦クリスマスシティーに連絡を繋ぎ、果てはマンションにいるゲートフラッグにハエトリグモまで連れてきたあたりが、藁しべどころか蜘蛛の糸にも縋りたいクロウの心情を反映している。
『……と、まぁ、こういった次第だ。各員の活溌な意見交換を切に望む』
『もはやダンジョンマスターのあるべき姿から逸脱しておるのぅ……』
『……ゴーストの恨みを晴らしたところまではダンジョンマスターらしいだろうが。それ以降の反応は俺のせいじゃない。断じて違う』
力説するクロウに生暖かい視線を――あるいは思念を――注ぐ参加者一同。
『……何にせよ前代未聞の事態なのは確かじゃ。とは言うものの、前代未聞であるが故にじゃ、儂らの知恵も当てにはできんぞ?』
『爺さまは精霊樹だろう? 信仰の対象になったりはしないのか?』
『寄って来るのは精霊ばかりでのぅ……。村の連中は胡散臭い目付きで見ておるわい』
『……そう言えば、鬼火が集るとか言っていたな……』
唯一期待を抱いていた精霊樹にあっさりと否やを出されて落ち込むクロウ。
『提督、現状維持だと何か拙いのですか?』
クリスマスシティーの質問に改めて考え込むクロウ。
『……このままの状況が続くだけなら、別に問題は無いと思うが……』
『テオドラムが放っておくかどうかですよね~』
『主さまのお力で土も水も浄化されましたしね~』
『いや……別に俺だけの力という訳じゃ……』
クロウの台詞を謙遜と捉え、清々しくスルーして討議を続ける従魔たち。
『テオドラムが現状に気付いたら、封鎖を解いて村からの徴税を再開しようとする可能性はありますな』
『村の……皆は……従うで……しょうか?』
「どうっすかね。身勝手すぎるとして反発しそうな気がするんすけど」
割って入ったのはカイトである。
「そうだな……態度に表すかどうかは別として、反感を持つのは確かだろう」
「その反感を押さえ込もうとして、テオドラムが実力行使に出る可能性は?」
「ありそうだな……」
「ご主人様、その場合どうするんですか?」
ハイファが提案した動議に対して、流れるように事態悪化のシナリオを描いて見せたヴィンシュタット組。クロウは渋い表情を隠せない。
「どうするって……『廃坑』の縄張りで勝手な事をさせるつもりはないぞ?」
「だとすると、ご主人様……と言うかシュレクのダンジョンとテオドラムの対立はより明確になりますね」
「これで村人たちがダンジョンの傍に避難でもしたら……」
『どことなく合衆国独立当時の構図に似ていますね』
身も蓋も無いクリスマスシティーの断言に力無く突っ伏すクロウ。
『……そこまで考えなきゃいかんのか……』
『失礼ながら提督、最悪の事態を想定して対策を練っておくのは当然かと』
堂々と正論を述べるクリスマスシティー。さすがに軍人気質らしく、甘い希望に縋るなど言語道断と切って捨てた。クロウも気を取り直した――開き直ったとも言える――様子で顔を上げる。
『……そうだな。何かあった場合には庇護するにしても、それを大っぴらにやるかどうかは一考する必要があるな』
クロウの発言に首を傾げる従魔たち。心和む光景だが、それにカイトが混じっているのはどうなのか。
『……クロウ様が表に出るかどうかということですか?』
『俺がというか……この段階でダンジョン側が対話を望んでいるような姿勢を示すのがどうかという事だな』
『ふむ……懸念は解らぬでもないが……大っぴらでない庇護というのは、例えばどういうものじゃ?』
『庇護自体は単に王国軍への攻撃に巻き込まないというだけでいいだろうが……利益供与の場合は……例えば……作物の苗をこっそり置いておくとか……』
力無いクロウの提案に突っ込んだのはヴィンシュタット組である。
「あの……ご主人様……思いっ切り不自然な気がしますけど……」
「庇護する意思が丸見えなんじゃ……」
「だとしても、対話の姿勢を示すかどうかは、それ自体が一つのメッセージたり得るだろう」
『あ、マスター、いわゆるツンデレってやつですね?』
『……違う。……多分』
キーン……お前、どこでそういう知識を拾ってくるんだ……。




