第九十一章 ダンジョンさま 1.怨毒の廃坑
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
『あの……クロウ様……恐れ入りますが、怨毒の廃坑までお越し願えませんでしょうか……?』
非常に恐縮した……というか狼狽を滲ませた声音で俺のところへ連絡を寄越したのは、「怨毒の廃坑」を任せているオルフだ。
『オルフか? 一体何があった?』
『それが……口頭では何とも説明しづらく……ご足労願えませんか』
俺の麾下にあるダンジョンコアには感情表現の豊かな者が多いが、このオルフも生まれて間が無いというのに、既に困惑を声に滲ませる芸を身につけたようだ……。危機感も緊張感も感じ取れないから、非常事態という訳ではないんだろうが……。とにかく行ってみるか。
『さて、何があったのか説明してもらうぞ、オルフ』
『はい……丁度やって来ました。あれです』
オルフに言われて目を向けたモニターに映っているのは、成る程確かに困惑せざるを得ないものだった。
『……オルフ、あの少女は何をしている? なぜ、ダンジョンに花を捧げているんだ?』
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「怨毒の廃坑」のマスタールーム。そこでは、オルフからここ数日来の出来事について説明を受けたクロウが頭を抱えていた。お供の従魔たちも絶句している。
『つまり……あの少女は、コーリーという悪党のために無実の罪で犯罪奴隷に落とされ、鉱山で非業の死を遂げた男の遺児という事か?』
『はい。怨霊となっている父親に事情を聞きましたから、間違いありません』
『で、他にも同じような遺族がいて、彼らは仇を討ってもらった事に感謝していると……』
『時間はそれぞれ違いますが、皆、花や作物を欠かした事はありません』
『……あの水は何だ?』
クロウが力無く示した先には、粗末ではあるが精一杯綺麗にされた水の器があった。
『彼らは水質の改善には既に気がついていたようです。先日の処刑の様子を見て、「怨毒の廃坑」の仕業だと確信したようですね』
『あぁ、それで、浄められた水を与えてくれたダンジョンに感謝を……』
『ご主人様がご懸念になった不平不満は生じなかったようでございますな』
ウィンとスレイが慰めるように言ってくれるが、俺は顔を上げる気力も湧いてこない。なんだってこんなややこしい事に……
『宗教問題なんかに関わる気は無かったのに……』
『でもマスター、どう見ても、あれは信者の目ですよ?』
言うなよキーン、俺だって気付いてはいるんだよ……。
モニターの中では、二人の中年女性と老夫婦が、ダンジョンに向かって感謝の祈りを捧げている。
『唇の……動きを見ると……ダンジョンさまと……言っている……ようですね』
『ダンジョン様!?』
『凄ぃですぅ……』
『勘弁してくれ……』
再び頭を抱え込んだクロウに次々と追い討ちがかかる。
『主様、この人たち、どうするんです?』
『どうする、とは?』
『領土と……国民と……主権が……国家の……三大要件……でしたか……?』
『国として独立しちゃうんですか!? マスター?』
やめてくれ……。
『でもぉ、この人たちをぉ、追ぃ出すわけにもぉ、いかなぃですよぉ?』
それはそうなんだが……。
『国境線はテオドラム側が勝手に設定しましたからな』
……あの関所の事か?
『地上の……拠点が……増えたと……お考えに……なれば……いいのでは?』
むぅ……そういう利点は確かにあるな……。
『確かに……ここまでやった以上、放っておくのも無責任か……。しかし、俺が表立って動く事はできんぞ?』
『クロウ様、仲介者を立ててはいかがでしょうか?』
『仲介者か……』
『でもオルフさん、さっきの様子だと、領民っていうより信者って感じでしたよ? 領地の代官ではなくて、教会の司祭みたいな方が、必要なんじゃないですか?』
『確かに、キーンさんの言うとおりですね……』
『どちらにしても、「怨毒の廃坑」の特性を考えた場合、生身では無理でしょう』
『怨霊を使いに立てますか?』
『スケルトンとか……』
『いっその事、リッチあたりを召喚すれば……』
『初心者にはアンデッドあたりが無難なのでは?』
『それだと当たり前過ぎるでしょう』
シュレクの迷走は始まったばかりである。




