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第九十章 シュレク 5.テオドラム王城

 その報せが魔道通信機によってもたらされた時、テオドラムの王城では国王と国務卿たちが集まって定例の会議を開いていた。礼も(わきま)えずその場へ飛び込んだ兵士が、緊張した様子で軍務卿に紙片を手渡す。ちらと一読した軍務卿からは、兵士の非礼を(とが)めるような表情は溶け去り、代わりに驚愕がその(おもて)を覆った。


 軍務卿のただならぬ様子に気付いた国王が問う。何事があったのかと。軍務卿は黙したまま、通信紙を国王に差し出す。


 一読した国王もやはり血相を変えたが、取り乱す事無く軍務卿に確認する。



「レンバッハ、ここに書いてあるコーリーとはどのような者か?」

「駐屯部隊の食糧および物資供給を任せておりました。()の地の土豪……のような者でございます。鉱山の労働力として犯罪奴隷を確保する上でも役に立ってくれましたが……恣意(しい)的に犯罪奴隷を創って(・・・)いたとの噂も聞こえております」

「ふむ……皆の者、つい先ほどシュレクの地に尋常ならざるスケルトンワイバーンが現れて、住民の恨みを買っていた土地の有力者を(さら)って行き、怨霊どもになぶり殺しにさせたそうじゃ。駐屯部隊の兵士が一部始終を目撃しておる」



 会議室は大混乱に陥った。



「静まれ! いまだ仔細も判らぬうちにあれこれ言っても役には立たぬ! レンバッハ、シュレク駐屯部隊に詳細な続報を送るよう督促してくれ。国務卿たちには済まぬが、仔細が判るまで待機してもらうぞ」



・・・・・・・・



「成る程、仔細は確かに判った(・・・)が……」

解らない(・・・・)事が増えましたな……」



 状況が判明するのと、その状況が理解できるかどうかは、全く別の問題である。そんな事を切実に思い知らされたテオドラム王国首脳陣であった。



「……とりあえず、ワイバーンが普通でないという事は忘れよう」

「そうだな……今はその行動に関してのみ論じよう。(……その方が気楽だ)」



 内務卿の最後の台詞(せりふ)はボソリと(つぶや)いただけであり、多くの者には聞こえなかったし、聞こえた者はコメントを差し控えた。



「まずもって問題なのは、この……スケルトンワイバーンであったか? それが駐屯部隊の兵士に何の攻撃も示さず、馬車だけを運び去ったという点だな」

「兵士だけではないぞ? 護衛の者にも何ら危害を加えなんだそうではないか」

「……いつの間にか現れたという点も無視はできぬのだが……まぁ、後回しにしよう。その後の飛び方も大層ゆっくりであったとか?」

「追跡班が見失わぬ程度にな」



 ここでラクスマン農務卿が注意を喚起する。



「イラストリア勅使の従者が無鉄砲にも飛び出してくれたお蔭で、興味ある指摘をする事ができる。飛び出した従者の身元を知っていたかどうかは別にしても、ワイバーンどもは我が軍の兵士が到着するまで処刑を待っていたというのは事実。ならばワイバーンの、あるいはその上位者の思惑は、われらテオドラム王国軍に処刑の様子を見せる事にあったのは明白だ」



 考え過ぎである。


 ダンジョンの恐ろしさ危険さを周知させるために、目撃者は多い方が良い。シュレクの住民以外の目撃者が野次馬一人では淋しい。クロウはそう考えただけなのだが……例によって彼の行動は誤解を招くのであった。



「……ラクスマン卿の言われるのは、これはダンジョンからのメッセージであると?」

「そうとしか思えぬであろう?」



 だから、考え過ぎだと……。



「ならば……問題はどういうメッセージであるのか、これに尽きるな」

「兵士に手を出さなんだ事がメッセージなら、敵意は無いという意味なのか?」

「いや……犯罪奴隷の入手で後ろ暗いところのあったコーリーとかいう者が処刑されておるのだ。彼奴(きゃつ)から奴隷を買っておった我らが恨まれぬとは思えぬ」

「ならば……次は王国軍だと言っておるのか?」

「不遜な!」

「いや……必ずしもそうとは限るまい。コーリーなる者に従って甘い汁を吸っていた者は他にも多かろう。その者たちに対する見せしめと処刑の宣告という可能性も考えられる」

「成る程……」



 ここで国王の腹心オランド卿が何やら王に耳打ちする。幼馴染みの故に腹心の位置にいるが、公的にはオランド卿の立場は私的な補佐官のようなものであり、公式な閣議には参加できない。なので耳打ちという()(えん)な手段をとったのだが……。



「レンバッハ、そなた、先ほども何やら言いたげであったな。何ぞあるなら申してみよ」



 全員の視線が軍務卿に集まる。



「は……いえ、軍をあずかる立場としては、ワイバーンが音もなく現れ、消えたという点に注意を引かれまして。はたしてダンジョンからどれだけの距離で活動できるのかと、ふと気になった次第。もしもダンジョンを遠く離れた場所、例えばオドラント辺りにも出現できるのだとしますと……」

「レンバッハ卿! 卿は二個大隊の消失がワイバーンによるものだと!?」

「ワイバーン、とは限っておらぬ。あのダンジョンにはドラゴンもおるゆえな」

「し、しかし……ワイバーンやドラゴンにそのような能力が……」

「いや、メルカ卿、能力を持っているのがモンスターとは限らぬのではないか? (むし)ろダンジョンにそのような能力が備わっておると考えた方が、色々と辻褄(つじつま)が合おう?」



 軍務卿の言葉に凍り付く一同。この場の誰よりも軍事に明るいレンバッハ卿の発言だけに重みがある。もしもその話が事実なら、首都であろうが城内であろうが、いつでも好きな時にモンスターを送り込めるという事ではないか? 用兵上の悪夢である。



 (せき)として声も無い閣僚たちの中で、最初に問いを発したのはラクスマン農務卿であった。



「……だとすると、今回ドラゴンではなく五頭のスケルトンワイバーンがやって来たのは……」

「示威行動であろうな。手勢はドラゴンだけではないという」

「では……案外そちらの方が主目的であったのかもしれんな」



 ラクスマン卿の指摘に、一瞬虚を()かれた様子のレンバッハ卿であったが、寸刻の思案の後に同意する。



「あり得る事だ」

「仮にそうだとすると……ダンジョンの主の意図は何か」

「うん? 宣戦布告ではないのか?」



 レンバッハ軍務卿の(いぶか)しげな声に、ラクスマン農務卿は首を振って否定する。



「いかに強力とはいえたかがダンジョン一つが、我がテオドラム王国に楯突こうという時に、正面切って喧嘩を売る必然性がどこにある? 奇襲を掛けた方がずっと効果的であろうが?」



 むぅと考え込む軍務卿。国家の礼儀とか、武人としての(きょう)()とか、言いたい事は色々あるが、ダンジョン相手にそれを論じるのもおかしい気がする。何よりも、一国を相手にするのに礼儀などに構ってられないというのは感覚的によく解るので、農務卿の指摘には(うなず)くしかない。


 ここで話に参加してきたのはトルランド外務卿である。



「ラクスマン卿の言われるのは(もっと)もですな。ダンジョン側が敵対を意図しておるなら、こうまで()(えん)な態度には出ぬでしょう」

「……という事は?」

「何らかの交渉が成立する可能性はありますな」



 かくて事態はクロウの予想もしない方向へ転がり出すのであった。

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