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第九十章 シュレク 3.イラストリア勅使の従者

 王都ヴィンシュタットからシュレクへ向かう街道は、シュレクの手前で軍によって封鎖されている。ダンジョンに近づこうとする無謀な野次馬を防ぐためであり、同時に、ダンジョンから出現するモンスターに対するため、と公式には説明されていたが、シュレクから逃げ出そうとする住民が(あふ)れ出るのを(さまた)げるためでもあった。そして最近になって、国境の向こうに布陣したモルヴァニア軍に備えるためという理由で、駐屯する兵士の数が増えていた。


 とある日の昼過ぎ、そのシュレクの封鎖線の前に、見知らぬ男の姿があった。



「へぇ……イラストリア王国勅使の随行員?」

「その随行員殿が、何でまた、こんなところへ?」

「いやね、うちの旦那が上の方からシュレクを視察して来いって言われたらしくて、そのための下調べに駆り出されたんだ。道の状態や、宿泊地の有無、肝心のダンジョンとの距離やら、危険の有無なんかを調べて来いってよ」

「そりゃ……同情するが、この先に進む事はできんぞ?」

「まぁ、誰もいないんだろうしな」

「いや……大っぴらにはしてないんだが、住民たちはそのまま残ってる」

「へぇ、じゃあ、言われてるほど危険は無いんだな……あ、遅くなったが、これ、手土産代わりだ。暇な時にでも飲んでくれ」



 自称随行員の男が取り出したのは、ヴィンシュタットで買った酒の小瓶である。



「お、いいのか? 済まんな」

「こっそりと()ってくれよ? ばれたら下手すると国際問題だ」

「解ってるって。で、何が聞きたいんだ?」



 すっかり上機嫌の当番兵たちは、随行員の男に問われるままに、様々な事を話していく。実際に見聞きした事から、噂になっている事まで。



「へぇ……それじゃあんたは実際にそのドラゴンを見たのか?」

「あぁ。ドラゴンを見たのは生まれて初めてだったがな。話に聞いたとおりの姿だったよ。そいつがダンジョンの入口から出てきてな、骨の髄まで凍り付くような叫びを上げたかと思うと、ブレスを吐きやがった。おまけに、こう、翼を広げてな、こっちへ飛んで来そうな気配だったから、そっからはもう総崩れよ」

「けど、実際に飛んでは来なかった?」

「あぁ、何度も後ろを振り返ったからな。それは間違い無い」

「で、それ以来ダンジョンから出てこない?」

「あぁ。時々中の連中が嘆願にやって来るんだが、そいつらの話でも、今のところは落ち着いてるみてぇだな」



 警備兵の挙動に不審を抱いた警備責任者が様子を見に来るまでの間に、随行員の男は必要なあれこれをあらかた聞き出していた。喋ってばかりじゃ口も(つら)かろうと、乾燥果実と燻製肉まで振る舞っていたところであったが、上司の接近にいち早く気付いた兵の合図で、酒――さすがに勤務中に飲むような事はしていない――とつまみは素早く仕舞い込まれた。



「イラストリア王国勅使の随行員?」



 当番兵と同じ台詞(せりふ)を言った警備責任者に、随行員の男は同じ説明を繰り返す。



「しかし……恐らくだが勅使殿がこちらに来る許可は下りんのではないか?」

「それならそれで、俺が無駄働きしただけだってのが旦那の言い分でね。万一許可が下りた場合に、速やかにお越し遊ばして、必要な事を見聞きした後で、これまた速やかにご帰還遊ばすための用意をしておけってことでさぁ。旦那の本音としちゃあ、お国が許可を出さないのが一番なんでしょうがね」

「……とりあえず、司令官殿に報告してくる。そこで待っていてもらえるか?」



 小走りに去って行った警備責任者の後ろ姿を見ながら、随員の男はポツリ(つぶや)く。



「司令官殿ねぇ……この関所ってそんなに大人数でダンジョンに備えて?」

「最初は二個小隊だったんだけどな」

「少し前に急に増えて、今も兵舎の増築やら何やらで大騒ぎさ」

「へ? ダンジョンには変化が無いって言わなかったか?」

「いやな……」



 と、ここで(わけ)知り顔の警備兵は声をひそめて、皆に寄るように身振りで示す。一同が(ひたい)を寄せ集めたところで、仕入れたばかりの噂話を披露する。



「聞いた話じゃ、国境の向こうっ(かわ)にモルヴァニア軍が居座ってるんだとよ」

「モルヴァニアが? 何のために?」

「ダンジョンからモンスターが(あふ)れ出た時に、自分たちの国へ入り込まないための用心だって言ってるらしいけどな、本音は俺たちへの警戒だろう。最初にいたのは二個小隊とはいえ、モンスターの氾濫(はんらん)に合わせて侵入されたら厄介だ、そう考えたんじゃないか?」

「で、今度はこっちがモルヴァニアに備えて兵の規模を増やす……って、切りが()ぇな」



・・・・・・・・



 随員の男が噂話を仕入れるのに精を出している頃、警備責任者は砦――すでに関所は小規模な砦に姿を変えようとしている――の司令官として着任した士官に事情を報告していた。



 「イラストリア王国勅使の随行員?」



 判で押したように同じ台詞(せりふ)を繰り返したが、司令官はさすがに説明を鵜呑みにしたりはしなかった。



「勅使来訪のための下調べと言うが……実際はここの兵力を調べるのが目的だろうな。モルヴァニアの件に備えて兵力を強化したのが漏れて、折良く王都にいた勅使に命令が下ったんだろう」



 時系列だけを追えばそういう解釈も一応可能ではあったが、実際には違う。イラストリアが知りたいのはシュレクのダンジョンとそこに現れたモンスター、より正確に言えば、Ⅹことクロウが関わっているのかどうかであったのだが。



「それでは……あの者を砦内に拘束するのは(まず)いですな?」

「あぁ、砦の構造や戦力を知られる(わけ)にはいかん。手を出すなよ? 非公式とは言え他国の勅使が派遣した随行員だ。面倒な事になりかねん」

「このまま放っておきますか?」

「既に兵どもから聞き出せる事は聞き出しているだろうさ。これ以上こちらの事を教えてやる必要は無い」

「そろそろコーリーが食糧と資材を持って来る頃合いですが?」

「あぁ……それがあったか……。仕方がない、砦の中を見られるよりましだ」

「では、このまま放置で?」

「いや、それも芸が無いだろう。関所の前に椅子とテーブルを運んで差し上げろ。目下駐屯地は立て込んでおりますので、こちらでお(くつろ)ぎ下さいと言ってな」

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