第九章 王都イラストリア 3.ヤルタ教中央教会
今回は悪名高きヤルタ教の教主が登場します。
王都イラストリアにあるヤルタ教中央教会の豪華な教主室で、ヤルタ教教主ボッカ一世(口の悪い向きはバカ一世と呼んでいる)は不機嫌であった。
信仰篤きバレンの司教が生意気なエルフども――エルフが他の人族や獣人族に対してしばしば高飛車なのは事実――を叩き潰す好機を与えてやったというのに、あの愚かな男爵はエルフ討伐に失敗した。エルフ如きに遅れを取るなどと、どれだけ無能なのだあの男は。理不尽にもエルフどもはバレン領のわが教会にまで蹂躙の手を伸ばしたという。折角加護を授けてやった勇者はダンジョン討伐に失敗して死んだというし、これでは我がヤルタ教の威光は下落するばかりではないか。エルフもダンジョンも滅びてしまえばいいのだ。人族以外にこの世界の富を享受するものはいらん。
頭の血管が切れそうな気がして、教主は手にした盃をぐいと呷り、美味い酒の力を借りて心を落ち着かせた。
バレンでの被害は教会が焼け落ちたのみ。幸い司教や信者に被害はない。教会を失ったのは痛いが、信仰の場に豪華な建物は必要ではない。どこかの小屋の片隅でも借りて、ささやかに再出発すればいいのだ。ヤルタ教の力をもたらすものは一にも二にも信者だ。利権に群がる貴族どもなど、互いに利用し合うだけの存在に過ぎぬ。信者さえいればいくらでも再建できる。
しかし、その信者獲得のためのヤルタ教の威光が堕ちつつあるのは問題だ。今回のバレンの騒ぎも、わが教えがエルフどもを刺激したためだなどと難癖をつける者がおる。実行したのも失敗したのもあの能なし男爵ではないか。我が教会に責任を擦り付けるなど、責任転嫁も甚だしい。
また血管が切れそうな気がしたので、二杯目の酒をぐぐいっと呷る。今度は少し量が多い。
王家までが尻馬に乗っかって、我がヤルタ教を非難しおる。やつらの腹は読めておる。単にヤルタ教が力をつけたのが気に食わんのだ。純朴な民がそのような妄言に誑かされて信仰を見失う事があってはならぬ。
そのためにもヤルタ教の威光を再び高めねばならぬのだが……国王め、腰巾着を通して亜人の善導をやめよと言うてきた。道を誤った亜人どもを正しき道へ導くのは、我らが人族の使命ではないか。たかだか地上の土豪ふぜいが、神に選ばれし我らの使命を邪魔するとは……。
心を落ち着かせようと、三杯目をぐぐぐいーっと呷る。もう相当に量が多い。
バレンでの活動はしばらく控えねばなるまい。エルフの森への再侵攻は当分見合わせだ。王家の目も光っておるし、しばらくの間目立つ動きはできぬな。
では、雌伏している間にできる事は……
四杯目と五杯目をぐいぐいと呷って、教主は――酒の力も借りて――打開策を練り始めた。
もう一話投稿します。




