表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
363/1811

第八十八章 モルヴァニア軍国境監視部隊 3.怨毒の廃坑

 モルヴァニア軍の駐屯地に掘られた井戸の水から砒素が検出されなかったのには理由がある。


 話は少し遡って昨年の十月半ば(日本時間)、クロウはシュレクにおける砒素汚染の実態を調べると共に、現地で砒素汚染に耐性を持つ生物がいないかどうかを調べていた。十年間の採掘で遊離した砒素は錬金術でほぼ回収できたが、この地の砒素はそれ以前から土壌や地下水を汚染しており、その分の回収まではさすがのクロウも手が回らない状況にあった。もしも砒素を吸収・蓄積する生物なりモンスターなりがいれば、除染に役立つのではないかと考えたためである。クロウがこのような考えを持つに至ったのは、地球世界における知識が関係していた。


 かつて地球世界のNASAが、リンの代わりに砒素を利用して生きる生物を、高度砒素汚染地域で発見したと報告した事があった。その後の研究で、問題の生物は砒素に対する耐性が強いものの、砒素自体を利用して生きている(わけ)ではない事が明らかになったが。しかし、砒素を体内に蓄積している可能性はあると考えられており、クロウはこの点に目を付けた。地球のフグやヤドクガエルなどが他の生物の毒素を体内に蓄積し、自分を守るための毒として利用している事から、環境中の砒素を体内に蓄積して身を守っている生物がいる可能性を考えたのである。



・・・・・・・・



「スライムか……」



 クロウの目の前にいるのは一匹のスライム、坑道の隅にある水溜まりに棲んでいた。水溜まりの水は澄んではいるが、健康を害するレベルで砒素が含まれており、日常的に摂取すれば慢性的な砒素中毒に陥るのは間違いのないところである。



「一匹だけじゃないようだな……お前たち、俺の言葉が解るのなら、こっちへ出てこい」


 駄目元で命じてみたところ、水溜まりにいたスライムたちは大人しく俺の目の前に整列した。


「随分聞き分けと行儀のいい連中だな……よし、鑑定してみるか」



【種族】アルセニックスライム

【地位】ダンジョン「怨毒の廃坑」のダンジョンモンスター

【特徴】砒素に対する高い耐性を持つスライム。周囲の環境から砒素を含む餌を摂取し、体内に蓄積した砒素を毒液として飛ばしたり、捕食者に対する毒液として使用する。成長速度は通常のスライムに較べてやや遅いが、魔石などを摂取した場合はこの限りでない。



 ふむ……やはりいたか、アルセニック・イーター。こいつを殖やして周辺に放しておけば、環境中に逸出した砒素の回収ができるんじゃないか? とにかく試してみよう。もし回収効率が悪くても、長い時間をかければ汚染水の浄化も可能だろうし、ダンジョンモンスターとしても使えそうだ。一見しただけでは弱そうに見えるスライムが、実は凶悪な毒持ちなんてのは、うちの子たちにも通じる部分があるな。親近感が湧くというものだ。さて……


「ここにいるアルセニックスライムはお前たちだけか? ……他の場所にも何頭かいるのか。……判った。とりあえずお前たちには魔石を渡しておく。遠慮せずに吸収して、どんどん数を殖やせ。地下水路へのアクセスルートを造ったら、このダンジョンの外に漏れ出た砒素を回収してもらう……あぁ、ダンジョン内の砒素については、そうしゃかりきになって回収する必要はない。(むし)ろ、このダンジョンの防備として残しておいて欲しいな」


 従魔術の効果でアルセニックスライムとの意思疎通は問題なくできる。スライムたちの感情の揺らぎもある程度判るんだが……なんで揃いも揃って硬直するんだよ。



 クロウの辞書には、もうずいぶん前から「一般的」とか「通常」、あるいは「常識」というページが落丁しており、アルセニックスライムたちの困惑を(しん)(しゃく)する事ができていない。五~六頭のスライムに対して、親指ほどもある魔石――普通の(・・・)冒険者ギルドへ行けば「大粒」と評価されるサイズである――を十五個ほども出せば、そりゃ、硬直するのが当たり前である。(そもそも)スライムたちが体内に持っている魔石に数倍するサイズなのだ。



「……まぁ、今すぐに食べろとは言わんが――スライムたちは懸命に(うなず)いている――適当に吸収して大きく強くなってくれよ。このダンジョンと周囲の環境の未来は、お前たちにかかっているんだからな」



 一介のスライムがこれほどの期待を、しかもダンジョンマスターから直々に向けられた事があっただろうか。アルセニックスライムたちは感動に打ち震えた。そして自分たちの盟主のために、何が何でも成長し増殖する事を強く決意したのであった。


 「ダンジョンの支配者」クロウ。自覚してはいないが、彼は結構な人たらし、魔物たらしであった。



・・・・・・・・



「オルフ、砒素汚染が及んでいると推定される範囲の地下水路に、スライムたちがアクセスできるようなルートを造る事は可能か……今現在の魔力量でと言う意味だが」



 クロウの問いかけにオルフは答える、余裕であると。



「では……そう急ぐ必要はないから、アクセスルートを開設してくれるか?」

「かしこまりました、クロウ様。地下水系の除染ですか?」

「あぁ、周囲に漏れ出た砒素を可能な限り回収し、対してこのダンジョン内の砒素量は高めに――モンスターたちの健康に害がない範囲でだが――しておきたい。まぁ、現状ではアルセニックスライムの数が足りないだろうし、そう急ぐ必要はないんだがな」

「ルートの方だけでも前倒しで造っておきましょう。スライムたちも奮起しているようですし、お考えになっているよりずっと早く除染にとりかかれると思いますよ?」

「そうか? だが、繰り返していっておくが、決して無理をするな、させるな」

「かしこまりました」



・・・・・・・・



 奮起したアルセニックスライムたちが総力を挙げて除染にとりかかったのが十二月の半ば。翌年の三月までにはかなりの範囲で、砒素による汚染は無視できるレベルにまで低下していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ