第八十八章 モルヴァニア軍国境監視部隊 1.テオドラム王城
その報告を聞いたテオドラム王国重鎮たちの間に緊張が走った。
「モルヴァニア軍だと?」
「国境の近くに陣を構えているそうだ。それも一時的な陣地ではなく、恒久的な駐屯地を建設するつもりのようだ」
レンバッハ軍務卿の報告を聞いた国務貴族たちの間に、動揺と困惑が広がる。
「しかし……なぜまた急に?」
「いや、それよりも場所だ。地政的には何の価値もない場所だ。こんな場所に陣を張る理由があるとすれば……」
一同の視線は問題の場所の西側、テオドラム領内の一地点に集まる。
「シュレク……か」
「他に理由は考えられん」
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最初の報告からしばらくして、国務卿たちは時ならぬ招集に驚きつつも、一人として欠ける事無く会議の場に集まっていた。前置きの言葉もなく、若い国王が話を切り出す。
「急な招集をかけて悪いが、それだけの理由ができたのでな。トルランド、説明を頼む」
王から話を振られたトルランド外務卿が口を開く。
「今朝の事だ。外交ルートを通じてモルヴァニアからの通達が届いた。我が国とモルヴァニアの間には直接の交流がないため、ヴォルダヴァンを介しての連絡となり時間がかかったらしい。内容だが、東の国境近くに布陣しておるモルヴァニア軍についてだ」
外務卿の言葉を耳にした一同の間に緊張が走る。
「モルヴァニアの言い分によるとだ、あれはシュレクのダンジョンからスタンピードが発生した場合に対する備えだそうな。話を通してくれたヴォルダヴァンの筋によれば、砒霜による地下水汚染の調査も兼ねておるらしい。この件については、近いうちにヴォルダヴァンからも使節が派遣されるような口ぶりであったな」
外務卿の説明に黙り込む一同。言いたい事や言うべき事はあるのだが、誰が口火を切るのか、視線を交えて牽制しているようであった。やがて結論が出たのか、皆を代表するようにメルカ内務卿が進み出て、外務卿に問いを発する。
「モルヴァニアはシュレクのダンジョンにスタンピードが発生する気配でも掴んだというのか?」
「いや。あくまで万一の場合に備えた措置だと言っておるらしい。どうもマーカスやマナステラにも説明のための使者を送ったようだな」
「だが、先日のレンバッハ卿の話では、かなり大規模な部隊だという事だが……?」
話を振られたレンバッハ軍務卿が答える。
「その後の報告では少なくとも二個中隊。後方の段列を加えればそれ以上の規模になるようだな」
「できたばかりのダンジョンのスタンピードに対する部隊としては過剰ではないのか?」
「ドラゴンが姿を現した事を忘れてはならん。毒・怨霊・ドラゴンの揃い踏みとなれば、二個中隊でも足りぬかもしれん。恐慌に陥った民の鎮撫や解毒の治療を考えているなら、一件過剰とも見える後方部隊の規模にも説明がつく。……更なる増強を見越しているのかもしれんがな」
内務卿と軍務卿の話に、外務卿が割って入る。
「モルヴァニアは――事によるとヴォルダヴァンもだが――イラストリアへ差し向けた二個大隊が消滅した事を薄々勘付いておる気色が見えた」
外務卿の言葉に唸る一同。
「モルヴァニアからの通達には付け足しがあってな。我が国の手でシュレクのダンジョンが討伐された事を確認できたら、軍を引き上げるか規模を縮小するのも吝かでないそうだ」
ここで初めて国王が言を発する。
「既に討伐したと偽る事はできぬのか?」
「難しいでしょうな。モルヴァニアはどうやら冒険者ギルドから情報を入手しておるようです。ギルドはつい先日シュレクのダンジョンを『非推奨』にランク付けしたばかりだとか」
「現状ではモルヴァニアに軍を引かせるのは難しいという事だな。ならば我が軍の配置を見直して対抗するしかあるまい。『梟』『狼』『蠍』の各連隊からそれぞれ一個中隊を抽出してシュレク監視部隊を強化せよ。モルヴァニアの言い分も尤もだからな。我が国もダンジョンの警戒に協力してやろうではないか」




