第八十六章 ホップ再び 1.ヴィンシュタット
少し短いですが、切りが良いので。
カイトがビールを呑みたいと言い出したのがそもそもの発端だった。先だって初めて飲んで以来、この世界のエールとはまた違うピルスナータイプのビールの味に嵌ってしまったようだ。
「いや、造り置きはこないだ呑んだ分でお終いだぞ?」
地球から持って来るという手はあるが、そうそう無節操に地球産の物品を持ち込むのは拙いだろう。ただでさえ俺は色々とやらかしているんだからな。特に必要でない場合は自重しておかんと。
「新しく造る予定はないんスか?」
「造ろうにも材料がない。小麦はともかくホップがな」
「ホップってなぁ、あのハーブの事ですかぃ?」
「あぁ、雌花を乾燥させたものがホップだ。ビール造りには必要不可欠だが、残っていた分はエルフたちに渡したからな。もう残っていない」
ここで話が終わればそれっきりだったんだろうが、こと酒の事となると、カイトとバートの粘り腰は半端じゃなかった。こいつら、とんでもない事を言い出したんだよな。
「でも、ご主人様が死霊術で復活させたらいいんじゃないスか?」
「おっ! そりゃ名案だ。そうしましょうや、ご主人様」
……既にアンデッドの酵母でビールを造ったわけだが、この上ホップまでアンデッドで賄おうと言いますか、君たちは。
「いや、ここまでやってるんだから、今更でしょう」
「俺たちが呑む分には問題ないと思いやすぜ」
え~? しかしなぁ……。
何の気なしに他のアンデッドたちの方へ目を遣ると、怖ず怖ずといった風にマリアが挙手して発言する。
「あ、あの……差し支えなければあたしたちも……」
「ご相伴に与る事ができたら……」
マリアに続けて発言したのはハンクか。その他の使用人組も頷いてる。……労使交渉って感じだな。多数決では俺が不利、と。
「しかし……今は色々と忙しい時期だから、ビール造りに手を取られるわけにはいかんぞ」
そう言ってやったんだが、カイトの返事はこれまた斜め上を向いていた。
「オドラントのダンジョンに保管してある兵士の屍体をアンデッドにすればいいんじゃないスか?」
うん、逃げ道が着々と塞がれていくな。
……とはいえ考えてみれば、エルフに依頼しているビール造りが五月祭に間に合うかどうか、間に合ったとしても量が足りるかどうかは微妙なところだ。小麦はともかくホップの大量確保――しかも他の人間たちに気取られないようにという条件で――がネックになる可能性は捨てきれない……。
ならば、問題になりそうなホップについて複数の供給源を確保しておくのは、確かにフェイルセーフの視点からも間違いではない。
……やるか。
少なくとも、死霊術によるホップの復活が可能かどうか、その試験くらいはしておいた方が無難か。




