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第八十五章 テオドラム 4.貨幣改鋳

 貨幣の(かい)(ちゅう)は、これまでにも度々話題に上った懸案事項であった。テオドラムの硬貨は百年近く前に制定されてからというもの、一度も(かい)(ちゅう)された事がない。さすがに何度か追加で鋳造を行ないはしたが、その際に図案の変更などは行なわれなかった。


 問題をややこしくしているのは硬貨の品位である。問題の発端は、そもそも最初の鋳造が一ヵ所でなされたわけではないという事にあった。当時のテオドラム王室の力はそれほど大きくなかったので、有力な貴族の幾つかに一時的に鋳造権を貸与して、数ヵ所で貨幣の鋳造を行なったのである。そのため、図案こそ共通であったものの、テオドラムの硬貨には微妙に品位の異なるものが併存する事になった。


 王国の発展と共に硬貨の流通量が不足したため追加で鋳造を行なったのだが、ここで最初の鋳造時の資料が――不完全なものしか――残っていない事が判明する。金・銀・銅の含有率こそ申し合わせてあったものの、各鋳造地で金属精錬の技術が異なっていたため――鋳造責任者が几帳面であったのか大雑把であったのかが原因という意見も根強い――原料となった金属それ自体の品位が異なっていた。更に、信じられない事に、品位を計算するに当たって重量を基準にしたのか体積を基準にしたのかが不明であった。


 頭を抱えた王国鋳造所は、とりあえず王国で鋳造した時の資料を参考にした上で、現行通貨の品位を元にして追加分を鋳造する事にした。ところが、新たな硬貨の鋳造に当たって古い硬貨との交換を実施しなかったために、テオドラム国内には新旧の硬貨が併存する事になる。判りやすく言えば、混迷の度合いに拍車をかけただけであった。更に悪い事に、古い硬貨のほとんどが摩滅あるいは損傷しており、品位どころか個々の硬貨の重量すら不揃いであった。


 こういう状況では、テオドラムの硬貨は国際的な取り引きの場では敬遠される事になる。テオドラム国内においてすら、隣国イラストリアやマナステラの硬貨が通用しているのだ。必然的に、簡単な取り引きの場でも間に両替商を介在させる事が多くなり、煩雑さが商取引の伸びを妨げていた。


 この問題を解決し、テオドラムの通貨を国際的な取り引きの基軸通貨とするには、貨幣の(かい)(ちゅう)が不可欠であった。国力の問題などから後回しにされてきたが、当代の国王はついにその実行に乗り出す事を決めたのである。


 ここでファビク財務卿が国王に(かい)(ちゅう)の前倒しを()(しん)したのは、(かい)(ちゅう)に伴う差益の事を考えてである。金貨を例にとると、現在流通している金貨の品位は八十七~八十二パーセントであるが、新たな金貨ではこれを八十パーセントにまで落とし、かつサイズを一回り小さくする予定である。これは(かい)(ちゅう)差益ばかりを考えての事ではない。


 第一に、無理に品位を保とうとすると、(かい)(ちゅう)作業にかかる費用を別にしても、現在の流通量を上回る鋳造はできない。つまり、経済規模が拡大する事はない。財務卿としては――若干のインフレ傾向には目を(つむ)ってでも――経済規模の拡大を目指したいところであった。第二にサイズの問題であるが、これは旧金貨が大きすぎて使いづらいという意見が多かったため、銀貨より一回り大きい程度に修正するだけである。


 いずれにせよ(かい)(ちゅう)に伴って差益が見込まれるわけで、その分を損失の()(てん)に回したいというのが財務卿の意向であった。



「当初の予定では来年を目処(めど)(かい)(ちゅう)を始める手筈であったが?」

「はい。それを年内に前倒ししたいと……」

「……可能なのか?」

「既に鋳型の複製にかかっておりますれば、お許しさえ戴けるならば」

「ふむ……思いがけぬ事態が続いて、いささか財務が窮屈になっておるのは事実。無理のない範囲での前倒しなら、余が反対する理由はないな」

「ありがとうございます」

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