第八十五章 テオドラム 2.巡視隊
メルカ内務卿が、自分の職掌とは畑違いの軍編制――どう考えても軍務卿の職掌である――に口を出した事を訝りつつも、続きを促す国王。
「……巡視隊、とは?」
国王の問いに対して、メルカ内務卿は一礼して答えを返す。
「小規模の兵に受け持ちの町や村を巡視させる事で民心を安んじ、併せて早期警戒の役目を与えてはと、愚考する次第でございます」
なるほど。国内の安定という事なら内務卿の職掌になる。その立場からというのであれば、内務卿が軍務に口を出す事も理解できる。内務卿本人としても、この提案は叩き台のつもりなのだろう。内務卿の提案に興味を示しながらも、なお用心深く疑問点を問い質すレンバッハ軍務卿。
「悪くない案に思えるが……巡視隊の設立に際しては各連隊から兵力を抽出するというお考えか?」
「いや。要は見回りだけゆえ、新兵でも充分と考えてござる。失った二個大隊の補充も終わらぬうちに、これ以上戦力を削るような愚は冒せぬ」
一同思案の後、悪くない案だと纏まりかけた時に、マンディーク商務卿が問題点を指摘する。
「諸卿に一つだけ指摘しておきたい事がある。新兵の徴募を諸外国がどう見るか」
「……単なるドラゴン対策と思わぬと?」
戸惑ったように質問するジルカ軍需卿に向かって、マンディーク商務卿が答える。
「理由は何であれ、外から見ればこれは兵力の強化でしかない」
「しかし……そうか!」
何か言いかけたところで気が付いた様子の軍需卿に一礼すると、マンディーク商務卿は居並ぶ国務卿たちを見回して発言を続ける。
「左様。諸国に対して、二個大隊を失った事を――少なくとも公式な立場としては――明かすわけにはゆかん。ならば、連隊当たり二個中隊の追加は、単純に兵力の増強として受け止められ、周囲との間に緊張をもたらしかねん。兵力が低下しておるこの時期に、な」
マンディーク卿の指摘に、全員が唸り声を上げて考え込む。確かに厄介な問題だ。各人沈思黙考する事しばし、やがて内務卿が意を決したように顔を上げる。
「言いにくいのだが……軍を増強すると受け取られた場合に要らざる緊張を高める危険性は、マンディーク卿の言われたとおりだと思う。ならば、巡視隊は軍ではなく別の組織……例えば憲兵隊の一部門として編成するしかないのではないか?」
「しかし……憲兵隊が新兵を大量に採用したとなると、それはそれで余計な詮索を招きかねんぞ?」
「……騎士団を再編するか?」
確かにこれは面倒な話だ。しかも、一種の治安維持部隊として編成する場合、新編された部隊は内務卿の指揮下に置かれる可能性が高い。なるほど、内務卿としては言いにくい話だと、一同納得する。しばらく鳩首協議の後、この話はもう少し検討した後で再論しようという事になった。
次話は明後日公開の予定です。




