第九章 王都イラストリア 1.王国軍第一大隊
本章は、クロウによって引っかき回される「被害者」の視点から語られます。本章に登場する「被害者」たちは、実は本作品におけるもう一方のレギュラーメンバーでもあります。
王国の名をそのまま冠した王都イラストリアには、王城を守る近衛騎士団の他に、王国軍一個大隊が常駐している。常駐部隊である第一大隊の司令部は王国軍全体の指揮も兼務しており、軍全体を統括するいわゆる大本営や上級司令部といった組織は存在しない。
その第一大隊の司令部では、先頃起きたバレン男爵領での騒ぎについての検討会が開かれていた。将軍らしき男の前で一人の下士官が報告している。
「で、結局のところ男爵軍の被害はどの程度なんだ?」
「シルヴァの森に侵攻を謀った部隊のうち、先陣の一個中隊は壊滅。補給と交代を兼ねて後詰めにいた残り一個中隊も大半がやられたようです。領都バレンへの攻撃では男爵を含む数名が死傷。ただ、男爵本人は重傷ですが命をとりとめています」
「ふん、あのド腐れ貴族めが死に損なうとは、悪運にもほどがあるな。後腐れ無くくたばっておけばいいものを」
「済みません、少し耳の調子が良くなくて。何と仰いましたか?」
「何でもない。それで、男爵軍を片づけたのは結局エルフなのか?」
「問題はそこです。シルヴァの森での戦いは魔術戦だったようですから、エルフが主体と考えてもおかしくありません。ですが男爵領への攻撃は……」
「エルフはそもそも町や村を直接攻撃したりはせん。しかも報告によれば、バレン男爵領への攻撃は同時多発的な放火だったそうだな」
「はい。しかも夜間です。実際の火勢以上に、火の手に怯えた住民たちの混乱がひどく、騒ぎに乗じた暴行や掠奪もあちこちで発生したために被害が大きくなりました」
「エルフらしくないな。ウォーレン、貴様はどう思う」
将軍らしき男は、それまで無言で控えていた若い男を振り向いた。
「その前に、バレン男爵領では領都以外でも被害が発生している筈です。そちらの報告を先に聞きたいのですが」
「うん? そう言えば道路がどうとか言っていたな。クルシャンク、話せ」
「へい。領内各地と領都バレンを結ぶ街道のあちこちで交通が途絶えています。ドランとバレンを結ぶ街道は山中で崩落、まだ連絡は回復していません。パレル峡谷の大橋も崩れたままで、モードとの交通は完全に途絶えました。また、ロジモとニンヴィクへの街道では何でか馬や牛が先に進まなくなるって被害が見られました」
「何だぁ? 馬や牛がエルフに味方したってのか?」
「いえ、よくよく調べてみると、街道にドラゴンか何か魔獣の臭いがついた砂利が撒いてあったようで。馬や牛はその臭いに怯えて立ち往生したって事らしいです。こいつぁ、つい最近になってやっとこ原因が判ったらしくて、それまでは何が何だか解らねぇで向こうも困っていたようです」
「ふぅむ。それで? ウォーレン」
「明らかにエルフの発想とは違います。むしろ我ら人族の発想に近いですが、だとすると実行者は何者かという事になります。現在のところ、バレン男爵に敵対する理由のある者は、シルヴァの森のエルフ以外にありません」
「けっっ。あの腐れ外道ならどんだけ敵がいてもおかしくねぇだろうが」
「それでも、男爵領全体にこれほどの攻撃を加えるなら、それだけの理由と能力がある筈です。現時点では該当する者が見当たりません」
「ウォーレン様、街道の封鎖がそれほど問題なのですか?」
「ボリス様、ただの街道ではなく、要所を結ぶ街道なのですよ」
「ボリス、貴様も儂の甥ならそれぐらい気づけ。ドランは男爵領きっての穀倉地で、男爵領で必要な穀物の三分の一をまかなっている。モードは男爵領だけでなく、王国有数の馬産地だ。ロジモとニンヴィクは大規模な市場町だ。これらとの連絡が妨げられるとなると、バレンにとっては命取りになりかねん」
「ドランもモードも、それぞれ穀物と馬以外の産物はほとんどありません。必需品はバレンで穀物や馬を売った金で買ってまかなっていたんです。バレンへの道が塞がってそれらの必需品が入手できないとなると、必然的にバレン以外の町で買い手を――たとえ男爵領の外からでも――探す事になります」
「それじゃぁバレン男爵領は……」
「あぁ、このままの状態が続くようなら、ドランとモードの離反もあり得る。下手をするとバレンは経済的に破滅するだろうな」
「問題は誰がこの絵を描いたかという事です。エルフの考えとしては異質。では人間かというと……少し気になる事があるんですよ」
「気になる事?」
「モローの郊外でダンジョンらしきものが発見された顛末はご存じですか?」
「そう言やぁ、腐れ勇者のパーティが全滅したとか何とか騒いでいたな」
「腐れが多いですね。いえ、あの勇者たちはバレンの冒険者ギルドに所属していましたから、いわばバレンの戦力なわけです。その戦力が、シルヴァの森への侵攻以前に、削られたのが気になるんですよ」
「モローのダンジョンがこの一件の前菜だってのか? だとすると、シルヴァの森への侵攻以前からバレン攻撃が計画されていた事になるぞ。しかもダンジョンが一枚噛んでいるとなると……」
「考え過ぎかも知れません。しかし、頭の片隅には置いておきたいんですよ」
考え過ぎである。「還らずの迷宮」と「流砂の迷宮」の件は、あくまで勇者パーティへの個人的な復讐戦に過ぎず、勇者たちがバレンの冒険者ギルドに所属していたのは偶然でしかない。騒ぎを引き起こした犯人こそバレンと同じクロウ一味であるが、ウォーレンと呼ばれる男が気にしているような陰謀などない。しかし、軍人として最悪の事態を予想すべく習慣づけられたウォーレンら参謀部の人間には、周到に計画された遠大な陰謀、あるいは国家的な戦略にも見えてくるのである。
「ウォーレン、これはもはや軍単独で考えるような問題ではないな」
「では……」
「あぁ。明日一番で王宮に向かう。付き合ってもらうぞ」
「うわぁ……そういうの、苦手なんですけどねぇ」
もう一話投稿します。




