第八十四章 ピット 1.接敵
ファビク財務卿が提案した産業情報専門の調査部局の創立に関しては、防衛設備の建設を遅滞なく行なうために必要との意見が通り、国王の許可を得る事ができた。情報組織の独占を崩された軍務卿は渋い顔だが、もともと産業関連の情報にまで手を回していなかったため、反駁する事もできなかった。
建造資金を得るための砂糖の流通量拡大と来年度以降の増産については、農務卿と商務教が若干の懸念を表明したものの、有効な対案を示す事ができなかったため、こちらも財務卿の意見がほぼ通った形になった。
ほぼ、というのは、財務卿が漏らしたモンスター狩りという案に、砂糖増産の圧力を少しでも減らしたい農務卿と、魔石の確保に血道を上げていた軍需卿が――おっかなびっくりという様子ではあったが――飛びついたためである。
「少しでも魔石の入手が期待できるなら、まして資金の獲得が期待できるなら、やってみても損はないかと愚考いたします」
「イラストリアの冒険者は、ダンジョンへ侵入するのは危険だと言っておったように聞いたが?」
「いや、マンディーク卿、仄聞するところによれば、ピットとやらでは魔獣がダンジョンから出て商人たちを襲う由。つまり、ダンジョンに入る事なく魔獣を狩れるのですよ」
斯くして、冒険者と兵士たちの混成チームをピットに派遣して、魔石を確保すべく魔獣を狩る事が決定した。
「兵士はグレゴーラムの『鷹』連隊から抽出し、冒険者はニルのギルドに依頼を出しておけばよいでしょう」
・・・・・・・・
ピットのダンジョンコアであるフェルと、同じくダンジョンマスターであるダバルは、ピットの周囲に現れた多人数からなる集団を注視していた。
『動き方が二通り、冒険者と兵士のようですね』
『テオドラムの連中だと思いますか? ダバル』
『他に考えられないでしょう。ただ、なぜ今頃になって再び、というのは疑問です』
『以前とは進み方が違うのに気付きましたか?』
『ええ。ピットに近づくというよりも……何かを捜索しているような』
『ダンジョンマスターとしてはどうします?』
『そうですね……モンスターで探りを入れてみましょう。ヘルファイアリンクスを一頭、端の方に送り出して下さい』
ヘルファイアリンクスに気付いたのは、混成部隊の端を進んでいた兵士だった。
「いたぞ! こっちだ!」
兵士の叫び声に応えるように、近場にいた者たちが殺到する。ヘルファイアリンクスは軽やかに身を翻すと、ピットの立坑の方に離脱した。遠くの者はその様子を確認すると、そのまま捜索行動を続けた。
『やはりモンスターが狙いのようですね……閣下が仰っていたように、魔石が逼迫しているのでしょう』
『ですが……こちらの戦力評価も兼ねているつもりかもしれません。閣下によれば、離れた位置に状況確認のための監視役を置くのは常套手段だそうです。ケイブバットを飛ばして確認してみましょう』
『名案です、フェル。相手に気取られないよう注意して』
『解っています』
『それと……監視役がいた場合には、対処について閣下にお伺いを立てる必要がありますね』
『……戦闘能力を隠すために排除するか、監視能力を隠すために放置するか……ですか』
クロウの指示は簡潔なものであった。
『排除しろ。こちらの実力を示しつつ戦力を隠すのには、それが一番都合がいい。戦闘の采配はお前らに任せる。……それと、折角来てくれた実験体なんだから有効に活用しろよ?』




