第八十三章 テオドラムの軍備 4.機動兵器
クロウが最後に向かったのは戦車……とは言っても第二次大戦で活躍したような主砲と無限軌道を備えた戦車の事ではなく、古代メソポタミアやエジプト、クレタなどで活躍した、馬に引かせる戦車の事である。クロウの目の前にあるのは二頭立ての馬に引かせるオープントップのタイプで、見たところ定員は御者を入れて三名のようだった。
「侵攻先のイラストリアは山がちの地形なのに、戦車を持ち出したのか?」
「場合によっては、敵兵をこの辺りに引き込んで闘う事も想定しておりました」
「なるほど……。武器は短弓か?」
「命中よりも、敵部隊の攪乱と分断を期待しての事です。火矢を使う事を想定していましたが、本命の武器はこちらです」
戦車隊指揮官が見せてくれたのは、地球世界にも存在する武器だった。いや、地球世界では武器というより狩りの道具として使われていたが……。
「ボーラか……」
三つ叉の紐の両端に錘をつけた武器。投擲して相手に絡ませたり、振り回して錘で相手を打ち据えたりするが、戦車隊の使用法は前者だろう。
「敵の騎兵隊の動きを止めるか、少なくとも牽制するわけか……」
「はい。高めに投じれば騎乗者に、低い位置に投げれば馬の脚に絡んで、落馬や転倒を狙います」
「投げた場合の射程はどのくらいになる?」
「三十~四十メートルぐらいです。ただ、実戦では敵もこちらも高速で接近していますから……」
「互いに接近中の場合には、それより遠間で投げても届く、か」
敵の騎兵を牽制するには有効かもしれんが、交戦距離が短い。短弓の方がまだ有効なんじゃないのか?
「いえ、射程は確かに短いですが、矢よりも当たりやすいのですよ」
当たりやすい? ……あぁ、危害半径の問題か。矢の場合、直径五ミリほどの軸から外れたら無効だが、ボーラの場合は紐に引っかかりさえすれば絡め取る事ができるからな。
「混戦状態なら結構命中しますし、もし馬が転倒したり騎手が落馬したら、後続も動きを妨げられますから、効果は大きいです」
「なるほどな……遠距離の戦いでは短弓を使うか」
「他に、こういうものもありますし」
指揮官が次に取り出したのは……投石紐か?
「慣れれば普通の弓より遠くに飛ばす事ができますし、革鎧程度では衝撃に耐える事はできませんから、場合によっては弓より使えます。それに……こういう形の火炎瓶も投げられます」
指揮官が見せてくれたのは、瓶というより丸っこい壺のような形の火炎瓶だった。大きさはソフトボールより少し大きいくらいか。
「なるほど……投石紐なら百メートル近く飛ばす事もできるか。使い方によっては脅威になるな」
説明を受けながら、ふと気になった事があったので聞いてみる。
「この投石紐だが、戦車兵固有の装備なのか?」
「いえ。歩兵や弓兵にも持っている者はいますが、投げるまでの予備動作が目立つ上に少し時間を食いますから、使い所が限られます。我々は戦車に乗って高速で移動できますから、あまり不利にはなりませんが……」
「確かにな……先制攻撃や奇襲の場合くらいにしか使えんかもな……」
だが……もう一つ腑に落ちん事があるな。
「しかし……テオドラム軍は随分と対騎兵戦の戦術を洗練させているようだが……何か理由でもあるのか?」
「理由といいますか……テオドラムの建国の経緯が経緯ですから」
そうして教えてくれたのは、騎馬民族に追い立てられるようにして故郷を追われた者が結束したというテオドラム建国の話だった。
「なるほど……騎兵は敵というわけだ」
「対騎兵戦に関しては諸国で随一という自負があります……閣下を除いてですが」




