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第八十二章 ドラン 3.杜氏たちの奮闘

「いいか! 桶は全て丹念に洗え! 古い酵母が混じっていると、醸造失敗の原因になるぞ!」

「洗い終わったら【清浄(クリーン)】の魔法をかけて消毒しろ! 急げ!」



 洞窟を広げて新たに準備された醸造場に、エルフの職人たちの声が響く。クロウから提示された「ラガービール」の造り方は、低温での下面発酵という従来にない醸造法。使用する酵母すら未知のものとあって、在来酵母の混入を防ぐのと、逆に新たな酵母が在来製法で造るエールに悪影響を及ぼさないために、既知の洞窟を土魔法で拡張して新たな醸造場としたのである。


 クロウからの依頼ではできるだけ様々な造り方を試して欲しいと書いてあったが、熟成に一ヶ月という、従来のエールでは考えられないほどの長期間を要するため、納品まで正味二ヶ月弱の猶予しかない現状では複数の製品を並行開発するのは無理と判断された。なので、今回はクロウの試作品を味わって――試飲会場はどよめきと溜息に包まれたが――杜氏(とうじ)たちの勘と経験に頼って原料の配合や発酵の日数などを調整したものを醸造する事にした。


 なお、次回以降の製品開発を念頭に置いて、幾つかの樽では原料の配合や発酵期間を変えたものを試作しているが、こちらは五月祭には間に合わないだろと考えられていた。



「このハーブ――精霊術師様はホップとか言っておられるようだが――は充分に確保できているのか? ある意味では、これがビール造りの肝になるぞ」

「あぁ、大丈夫だ。注目を集めては(まず)いので、商人をやっているエルフに頼んで密かに買い集めて貰っている。それに、『迷いの森』の近くにも生えているそうで、現在は試験栽培が進められているらしい」

「とはいえ、現時点で確保した量にそれほどの余裕は無い。無駄遣いはできんぞ」



 ホップによる風味もさることながら、添加によって日持ちが実に数ヶ月に延びるとあって、ドランの村の杜氏(とうじ)たちは血眼になって付近の山を探していた――野生のホップを見つけようとして。



「……本当に酵母が沈んでいるな……これが下面発酵というやつか」

「逆に言えば、上に浮いているのは全て雑菌だ。(すく)い取って捨てるぞ」

「温度が低いから発酵が進まないそうだが……」

「いや、この低温が、例の炭……炭酸ガスとやらを溶け込ませるのに必要らしい」



 炭酸ガスは低温の液体に良く溶け込む性質を持っている――逆に言うと、液体の温度が上がると炭酸ガスは気体となって逃げ出してしまう。そのため、ビールに炭酸ガスを溶け込ませるには低温の条件下で発酵を進める必要があった。


 

「……熟成樽から移す時に、どうしても『炭酸ガス』とやらが逃げるな」

「精霊術師様の言うには、錬金術を使えば『炭酸ガス』を逃がさないまま移し替える事ができるそうだが……」

「俺たちの村に錬金術師はいない。もう一つの方法に決定だろう」

「しかし……砂糖を使うとはなぁ……贅沢な酒だぜ」

「この砂糖……見た事がないほど白いが、これも精霊術師様のお手製らしい」

「何度も言うが……贅沢な酒だよなぁ……」

「ぼんやりしてる暇はないぞ。適切な砂糖の投入量も判らんのだ。ある程度は勘で決めて……そこから少し増減したものを試してみるしかない。砂糖の量と発酵させる時間とで、泡立ちの具合も度数もかなり違ってくる筈だ」

「ここからは試飲の連続だな……全てが手探りだ」

「ドランの杜氏(とうじ)の名にかけて、いい加減なものは造れんぞ」



・・・・・・・・



「ふむ……これが第一陣の試作品か」



 できあがった試作品を前にして、村長(むらおさ)は一応満足そうに(うなず)いた。できあがった試作品は、ラガービール独特の黄金色に輝いている。村長(むらおさ)は早速味見をしてみた。



(さわ)やかな風味とすっきりした後口の良さは問題ない。泡立ちも……まぁ充分じゃろう。あとは……度数か。強めの麦酒(ビール)が欲しい者もおるじゃろうし)



「これはこれで問題ないと思うが……もう少し強めのものはできぬかの? 納品に支障が出るようでは(まず)いが……」

「時間的にも造れるのはあと一回ほどだが……醸造樽の数を増やせば何とかなるだろう。試作と同じタイプに加えて、もう少し強めのものも造ってみよう。どうせホップの残りもそれくらいで終わるだろうからな」

「酵母と砂糖の量は足りておるのか?」

「酵母については出来の良かった樽から回収しているし、砂糖はまだ残りがある……いや、ガキどもが狙っておったからな……(おさ)よ、できるなら砂糖の追加を頼めるか?」

「解った。連絡会議の衆に頼んでみよう」



 ホルンを介して依頼を受けたクロウが、ドランの村に砂糖一樽を届けて村人を呆れさせるのは、この翌週の事であった。

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