第八十二章 ドラン 2.杜氏たちの意地
ホルンたちを見送った村長が集会所に姿を見せると、村の主立った者たちが口々に尋ねてきた。
「長、連絡会の連中は何を言ってきたんだ?」
「何か難癖を付けてきたのか?」
「それとも無理難題か?」
村長はじろりと皆の顔を見回すと徐に切り出した。
「連絡会からの話は、新しい酒の醸造依頼じゃ。五月祭までに三十樽。儂は当然引き受けた」
あっけらかんと言い放った村長。『新しい酒』のところで全員が目を輝かせたが、それに続く言葉を聞くと一同騒然となる。
「無茶だ!」
「手順から酵母から全く違う酒を、そんな短時間で造り上げるなどと……」
「いくら手順が判っていると言っても、使う道具も環境も同じじゃないんだ」
「長もそれくらい解っている筈だろう!?」
口々に騒ぎ立てる者たちを面白そうに眺めていた村長であったが、やがて静かに口を開いた。
「この度の依頼は単なる酒造りではなく、テオドラムに囚われし同胞の魂を解放するための一手じゃそうな。それを聞いて、なお異論を唱える者がおるか?」
静まり返った聴衆を前に、長は留めとなる一言を言い放つ。
「精霊術師様はこうも言われたそうじゃ。『新しい酒で敵国に一太刀浴びせようという試みに、関心を抱けない酒呑みなぞ要らん』とな」
雷に打たれたかのように沈黙する村人たちを睥睨して、村長が静かに、しかし力強く言い放つ。
「無論儂は承諾した。そうまで言われて引っ込んでおる事なぞ、ドランの長としてできんからの。じゃが、お主たちはそう思わんのか?」
意地悪く問い質す村長の表情は、先ほどホルンが村長に対して見せたものと同じであった。
村長の気迫に呑まれたように静まり返っていた一同であったが、やがて正気に返ると口々に同意の声を上げる。
「長言うとおりだ! ドランの杜氏として、森の民の一員として、この依頼、受けずにはおかぬ!」
「痩せても枯れてもドランの男が、酒を前に腰が引けるなど認められん」
「未知の酒を得物にテオドラムに討ち入りなど、エルフの杜氏の本懐ではないか!」
大気炎を上げるドランの杜氏たちを前に、満足げに頷く村長。しかし彼らの表情から余裕が消えるのに、三日とかからなかった。




