第八十二章 ドラン 1.依頼の受注、あるいは試練の始まり
ホルン・トゥバ・ダイムの三人――クロウ曰く、亜人連絡会議設立準備委員会――を前にしたドランの村の長は、難しい顔つきで考え込んでいた。
「確かに、このエール――ビールというのだったか?――は魅力的だ……呑む側としてはな」
「造り手としての意見は別ってわけか?」
「この……レシピどおりにやればいいと言われても、実際に試してみるまでは何とも言えん。それに、このレシピに書いてある事が本当なら、使用する酵母から何から全てが新機軸という事になる。安定した生産ができるかどうか確約できん」
まぁ、それはそうだろうなと、ホルンは心中で納得する。しかし、実際に口に出す言葉は、内心の思いとは別である。
「そうか。できぬというなら無理には頼まぬ。他を当たるとしよう」
ホルンの言葉に色をなす村長。
「我ら以外にこの醸造をなし得る者がいるとでも?」
「長よ。精霊使い様からのご依頼は、五月祭にまとまった量のビールを納品する事だけ。そしてこの依頼は、意欲ある者にビールの造り方を教えるためでもある。わざわざ我らに依頼せずとも、精霊使い様ご自身がいくらでもビールをお造りになれるのだからな」
「……我らにはその資格がないとでも?」
怒りにぎらつく眼でホルンを見据えて、低い声で問い詰める長。対するホルンは淡々と答えるのみ。彼だって昨日今日産まれた若造じゃない。長たちの腹の底は見えている。
どうせ時間を稼いで味見の名目で盗み飲みをしようなどと考えているんだろうが、今回ばかりはそんなみみっちい了見は捨ててもらわねばならん。
「精霊使い様からのお言葉を伝えよう。『同胞の解放のための準備に、承諾以外の言葉を返すような者は必要無い』そうだ」
一旦言葉を切ったホルンは、僅かに片頬を緩ませて付け加える。
「こうも言っておいでだったな。『新しい酒で敵国に一太刀浴びせようという試みに、関心を抱けない酒呑みなぞ要らん』そうだ」
ピクリと肩を震わせた長は、底光りする眼でホルンを見据えて明言する。
「レシピを渡してもらおうか。五月祭までにビール三十樽、間違いなくお届けしよう」




