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挿  話 虫瘤(むしこぶ)

 しばらく顔を見せていなかったので、ルパの屋敷を訪ねてみた。次回作の原画用の標本を選べだの何だのと言っていたが、肝心の本の内容が未だ決まっていないんじゃ話にならん。見栄(みば)えのする絵になりそうなものを先に選んで、それらを網羅する本を書くという事を考えていたみたいだが……本の執筆という観点から言えば、正道から外れるんじゃないか? いや、俺のような挿絵画家の立場からすると問題無いのかもしれんが、最終的な評価は本の内容で決まるからなぁ。


 前に書いた本もそう悪いもんじゃなかったし、きちんとした執筆計画を立てろと(いさ)めておいた……多少は眼力も使ったけどな。今頃は本の構成に四苦八苦してるんじゃないかと思って、陣中見舞いのつもりで来てみたんだが……俺の予想は甘かったようだ。そんな殊勝なタマじゃなかった……。


「クロウ、良いところへ来てくれた! 見たまえ!」


 はっちゃけてやがる……。執筆計画はどうしたんだよ?


「い、いや、勿論ちゃんと考えているぞ? ただ、その、なんだ、港町の知人が面白いものを送って寄越したものだから、つい、気がそっちに引っ張られただけだ」


 しどろもどろだが……まぁ、その気持ちは解る。とりあえず追及は後にしてやろう。


「で? 何を見せてくれるんだ?」

「うん! これだ!」


 自信満々のルパが取り出したものは……虫瘤(むしこぶ)じゃないか?


 これはまた、妙なものを持ち出したな。虫瘤(むしこぶ)は――(ちゅう)えいとも言うが――昆虫などが植物に寄生した事が原因で植物組織が異常発育してできる癌のようなものだ。大抵は(こぶ)の中に昆虫の幼虫が陣取っているんだが……。


 しかし……この虫瘤(むしこぶ)はまた見事なまでに大きなものだな。日本の姫林檎くらいの大きさはあるんじゃないか? 果実と間違えて食べるやつがいそうだな。


「どうだ、クロウ。こんなものを見た事があるかね?」

「いや……」


 同じものを見た事は無いが、似たようなものならある。そう答えようとした俺の言葉を遮るように、ルパのやつが言葉を続けた。


「そうかっ! そうだろう! 有り触れたものじゃないからな。君が見た事が無いのも無理はない」


 えらい鼻息だが……それ程珍しいもんじゃなかったぞ? この国では違うのかもしれんが……。


「見たまえ、クロウ。この(こぶ)をこう二つに割ると、中に必ず何かの幼虫が入っている。僕の経験では、中が空っぽだった事は無い」


 そりゃ……中にいる虫が周囲の組織に働きかけて腫瘍化させたものが虫瘤(むしこぶ)だからな。虫がいなけりゃ虫瘤(むしこぶ)はできんよ。


「見るのも(まれ)(こぶ)をどうやって探し出すのか?」


 ん……?


「一体どういうきっかけで(こぶ)なんて珍しいものを食べるようになったのか? まさしく謎だらけだ」

 あ~……これはルパのやつ、誤解してるな……。


「おい、ルパ。盛り上がっているところ悪いがな、その虫瘤(むしこぶ)は中にいる幼虫が作らせた、一種の()れ物だぞ?」


 そう言うと、ルパのやつはきょとんとした顔でこっちを向いた。


「クロウ……?」

「だからな。特定の虫が特定の草や木に寄生……潜り込んだ場合、その周囲の組織が()れて(こぶ)を作る事があるんだよ。俺の国じゃそういうのを(まと)めて虫瘤(むしこぶ)って呼んでたな」

「虫が作る……()れ物?」

「ああ。虫は(こぶ)の中にいる事で外敵から身を守る事ができるし、(こぶ)の中身を食べて育つから、住居兼食糧ってところだな。木を食う虫と似たようなもんだが、自力で(こぶ)を作る……というか、作らせるところが違うな」


 ルパのやつがぽかんとしていたから、一言だけ断っておく。


「ただし、あくまで俺の国では、って事だぞ? この国のソレが同じものかどうかは、厳密には判らんしな」

「し、しかし……こんな小さな虫が、こんな大きな(こぶ)を作る事があるのか?」

「お前だって蜂に刺されりゃ、場合によっちゃそれくらい()れ上がるだろうが。虫瘤(むしこぶ)の場合は中に虫が居座っているんだから、見方によっちゃ毒を受け続けているようなもんだからな」


 そう言ってやると、ルパのやつは納得したような納得できないような、微妙な顔つきで俺の方を見ていた。


「まったく、クロウ、君は知らないという事が無いのか?」

「馬鹿言え。知らない事ばかりだ。例えばその虫瘤(むしこぶ)だが、正体がどんな虫なのかは判っていないんじゃないか? 俺の国だと蝿や蜂の仲間が多かったような気がするが……」

「ふむ……そう言われればそうか……。今度からこの……虫瘤(むしこぶ)を見かけたら、根っこごと持ち帰って育ててみるか……」

「蜂や蝿の分類は難しくないか?」

「そういうのを専門にしている知り合いもいるからな」

「その知り合いってのは、虫瘤(むしこぶ)の事を知ってるんじゃないのか?」

「いや……どうだろうな。今度会ったら聞いてみるか」

 ふん。決着がついたようだな。それでは……


「さて、気がかりが解消されたんだから、気持ちよくお仕事にかかれるよな?」

「クロウ……君は仕事の鬼か……」


 違うぞ? これくらいは社会人としての責任の範囲だ。本当の鬼っていうのは……例えば、知り合いの作家の担当編集者なんかは、そりゃあ凄いもんだぞ。この程度の事で鬼呼ばわりは片腹痛いわ。



 まぁ、今日一日くらいは気の置けない雑談に付き合ってやるか。

明日からは本編に戻ります。

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