第八十一章 テオドラム 3.冒険者ギルド
「……と、まぁこういう感じで、戦い方が確立されているモンスターが相手なら、戦力が充分で連携さえ崩されなければ、無闇に怯える必要はない」
ここはニルの冒険者ギルド。イラストリアのギルドから派遣されてきた年輩の冒険者が、テオドラムの冒険者および兵士に対して、モンスターとの戦い方を講義している。冒険者はともかく、自国がイラストリアへの侵攻を企てていた事を知っている兵士の一部は、イラストリアの冒険者に戦い方を教わるという事に対して微妙な感じを抱いているが、それを知らないイラストリアの冒険者の方は、何の拘りも持っていないように淡々と講義を進めていく。
「つまり、戦力の使い方を間違えなければ勝てるという事か?」
テオドラムの兵士と思われる若い男が質問する。
「……モンスターが一、二体までならな。モンスターの強さにもよるから目安程度に聞いてもらうが、並のモンスターなら一体に対して冒険者が二、三パーティもいれば、大抵は何とかなるだろう。殺すのは無理でも、追い払う事はできる筈だ」
自信ありげに言い切ったイラストリアの冒険者に対して、テオドラム側の冒険者や兵士がざわめく。無論、戦える自信が無いせいだ。モンスターとの闘いが珍しくないイラストリアと違って、モンスターに出会う事自体が稀なテオドラムでは、そこまでの戦闘経験を蓄積する事がまず難しい。
それでも、既に対策が確立されているモンスターが相手なら、自分たちでも何とかなるのではないかと考え始めたのを見澄ましたかのように、講師役の冒険者が冷や水を浴びせる。
「……ただし、だ。モンスターの数が増えたり、連携をとってきた場合にはそうはいかん。五体以上いたら、まず撤退を考えろ。厄介なのはダンジョンだ」
それまでざわついていた会場が静まりかえる。
「ダンジョンの攻略あるいは討伐を考える場合、地の利は完全に向こう側にある。物陰や曲がり角も多いため、どこで襲うかを含めた主導権は、ダンジョン側が握っている。まずこれだけで、俺たちは圧倒的に不利な立場にある」
じろりと会場を睥睨する講師役の冒険者。それに対して、テオドラムの冒険者の一人が、おずおずという感じで質問する。
「……だけど……実際にダンジョンは討伐されているんだろう?」
「何人もの犠牲を出しながらな。できたてのダンジョンでもない限り、一発攻略なんて事はできん。何人もの犠牲を出して持ち帰った情報をもとに、ようやくという感じで攻略しているんだ」
「……それほどに難儀する理由は何だ?」
「さっきも言ったように地の利だが、特に増援の有無が大きい。ダンジョン側は思うように手勢を配置・追加できるが、冒険者側はそうはいかん。限られた戦力を遣り繰りして闘わざるを得んからな」
何人かの兵士が、思い当たる節があるかのように頷いている。
「それだけでなく、伏兵を置ける場所の情報の有無も大きい。物陰についての情報が無い段階では、ゴブリン程度の待ち伏せでも充分な脅威になるからな。そういった情報が集まってくると、こっちの被害も減ってくるわけだ」
冒険者による講義はなおも続けられてゆく。
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「……いや、巨大なモンスターは確かに脅威にゃ違ぇねぇが、小さなモンスターがちょろいってわけじゃねぇ」
そう壇上で話しているのは、見るからにベテランという感じの冒険者。テオドラムの首都ヴィンシュタットの冒険者ギルドでの講義の模様である。
「イラストリアでの話になるが、最近できた二つのダンジョンは入り口が比較的狭くてな、図体の大きなモンスターはいないんじゃねぇかって思われてた。だが、この二つのダンジョンから還ってきたやつは一人もいねぇ……屍体すら見つかってねぇんだ。それぐらい危険なダンジョンって事だ」
聴衆の反応を確かめるように会場を見回すと、ベテラン冒険者は話を続ける。
「まぁ、この二つのダンジョンに関しては、どんなモンスターがいるのか全く判っちゃいねぇからな、例として挙げたのは不適当だったかもしれん。だが、例えば毒持ちのモンスターは、いくら小さくても軽視はできん」
ここで兵士らしき男が手を挙げて質問する。
「毒持ちのモンスターがひしめいているようなダンジョンの場合、どう攻略すればいい?」
「……そんな厄介なダンジョンなんざ相手にするなと言いてぇんだが……そうはいかねぇんだろうな。身体の露出を避ける、解毒剤の類を準備する、といった通常の対策の他に……思いつきだが、ダンジョンのすぐ外に医療拠点を確保する事と、怪我人を後送して交代要員を送り込む仕組みを確立する事が鍵になるだろうな」
「後方支援体制の確立か」
「あぁ。毒持ちのダンジョンを攻略するんなら、被害者は必ず出る。最初からそう割り切って準備をするしかねぇだろうよ」
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「ダンジョンに関しては、もう一つ厄介な問題がある。スタンピードだ」
テオドラム王国の旧都テオドラムでは、また別の冒険者が講習会を開いていた。壮年で片目が潰れてはいるが、依然としてベテラン冒険者としての風格――油断のならない雰囲気とも言える――を纏っている。
「スタンピードについては知っている者も多いだろうが、要するに、ダンジョンからモンスターが溢れ出る現象だ。それだけなら単に自然現象と言えるんだが、溢れ出た先に町や村があると大問題になる」
「対策は確立されているのか?」
「逃げる、というのが最善の策だ。あとは……村の周囲の柵や壁を頼みに立て籠もり、スタンピードをやり過ごすしかないな」
顔色を悪くしたギルド職員が質問する。
「その……壁や柵というのは必要なんですか?」
「イラストリアじゃ周囲に壁や柵の無い村は存在しないぞ? というか、存在できないな。……テオドラムじゃ違うのか?」
そう言いながら講師役の冒険者はようやく、そう言えばテオドラムにはダンジョンが無かったなと思い当たる。いや……最近できたとか言っていたな。……そう言う事か……。
「……もし壁や柵が無いんなら、少なくともダンジョン近くの町や村にはすぐに作るようお薦めする。と言うか、絶対に必要だ」
俯いてしまったギルド職員に代わって、別の職員が質問する。
「……さきほど『やり過ごすしかない』と仰ったようですが……」
「あぁ。こちらが大隊か中隊規模ならまだしも、五十人程度の冒険者じゃスタンピードを相手取るなんて無理な注文だ。町や村の中に入られる事だけを阻止して、本隊が通り過ぎるのを耐えて待つ。これが基本になる。撃退しようなんて考えない事だ。たとえゴブリンでも、千、二千と集まったら充分な脅威になる」
冒険者たちが話す事は、どれもこれもがテオドラムの臣民にとっては初めて耳にする知識であった。
イラストリア王国の冒険者ギルドが派遣したのは――テオドラム王国の陰謀があった場合を考慮して――怪我や年齢で第一線を退いたベテランクラスでした。尤も、その分対魔獣戦の経験は豊富なので、テオドラムの冒険者ギルドはこの計らいに却って感謝しましたが。




