第八十章 シュレク 2.怨毒の廃坑(その1)
怨霊ひしめくダンジョンに姿を変えたシュレクの鉄鉱山。その敷地の前に四人の男たちが引き出されている。ある者は不貞腐れた様子で、ある者は諦めきった様子で、またある者は絶望をその眼に浮かべ……各々様子は異なるが、その身支度は皆一致していた。
「よし。全員、装備は行き渡ったな。それでは、貴様らには坑道内の調査を行なってもらう。古巣に戻るだけだから簡単な筈だな?」
軍の士官はにやりと嗤うと、生け贄に捧げられる四人の男を見回した。
「首に付けた首輪で貴様らの動きは監視されている。奥に進まず隠れてやり過ごそうなんて、つまらん了見は捨てる事だ。防毒面は柵をくぐる前に着けておけよ。解毒剤も事前に飲んでおけ。無事生還できたなら、罪一等を減じるとのお達しだ。精々頑張って働くんだな」
後ろから追い立てられるようにして、四人の男は柵を越える。ここから先はダンジョンの領域だ。怨霊たちが姿を現すが、腹を括った男たちは一気に坑道へと突っ走る。
「さて。精々内部の様子を曝いてくれよ」
軍の士官は冷え冷えとした目つきで彼らを見送って独り言ちた。
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『クロウ様、挺身隊らしき四人が坑道内に侵入しました』
『挺身隊と言うより生け贄だな。オルフ、通信攪乱は問題なく働いているな?』
『はい。四人と後方との連絡は遮断してあります』
『それじゃ、テオドラム軍開発部のお手並みとやらを拝見しようか』
シュレクのダンジョンは俺が坑道をダンジョン化して作成したため、ダンジョンコアに相当する存在がいなかった。なので、「壊れたダンジョン」のスキルを用いて「理外の魔晶石」の一つをコアに変え、このダンジョンのダンジョンコアとした。名前はオルフ。怨霊ひしめく冥界のようなダンジョンなので冥王ハデスかプルートーの名を貰おうかと思ったんだが、そこまで大袈裟なものにする気もなかったので却下。死んだ妻を尋ねて冥界を訪れたというオルフェウスからとってオルフとした。いや、最初は単純にシュレクの地名をもじろうかと思っていたんだが、シュレじゃ語呂が悪いし、シュウにしたらシュクと、レクにしたらレブと紛らわしいんだよ。
『入り口付近は迷い無く進んでいますね』
『まぁ、元々の職場だからな。道順は熟知してるだろうよ。防毒面とやらも結構ちゃんと機能しているようだな』
『ええ、今のところは』
『そうだな。今のところは、な』
クロウとオルフの意味ありげな台詞が聞こえるわけもなく、四人の男たちは坑道の奥へと進んでいくが……落石によってその先は塞がれていた。
男たちは戸惑っていたが、やがて一人の男が進み出て、手にした棍棒で石を叩いて散らしてゆく。もう一人の男もそれに倣っていたが、やがて面倒なとばかりに手で石を掴んでは放り投げていく。更に一人の男がそれに追随して石を放っていく。残り一人の男は剣を構えて周囲を警戒していた。
『あの二人はもう駄目だな』
『はい。石に付着している接触毒が体内に入った頃合いです。即効性ではありませんから、もう少ししてから効果が現れる筈です』
『その時に果たして原因に思い当たるか……。今回は自分の眼で見ているから見当がつかなきゃおかしいんだが』
『毒のダンジョンと判っていて、皮膚を露出させたまま送り込もうとするんですから、開発本部とやらもお粗末なものですね』
『全くだな』
クロウとオルフが落ち着き払って会話を交わしている間にも、四人の男たちは坑道を先へと進んでいたが、やがてそのうち二人の足どりが覚束無くなってきた。足がもつれ始め、蹌踉めき、ついにはどうと倒れる二人。思わず剣を提げた男が駆け寄りそうになるのを、棍棒を提げた男が肩を掴んで引き留める。しばし無言で睨み合っていた二人だが、やがて剣を提げた男は棍棒の男の後について歩み去っていく。断末魔の二人を残したまま。
『棍棒の男は冷静だな』
『正しい判断ができるのは、あの男一人ですか』
『さて、いよいよこの先だな?』
『はい。この先の窪地になります』




