第七十九章 エルフたちへの依頼 3.密談(その2)
「……場所を変えましょう。他に人がいないとは言え、こんな所で話す事じゃなくなってきました」
ホルンの提案に従い、俺たちはホルンたちの部屋へ引き上げる事にした。部屋に入るとホルンは、盗み聞きを防ぐために、部屋の周囲に防音の結界を張った。
「……とりあえずはこれで大丈夫だと思いますが……先ほどの危険物を出してもらえますか?」
いや……危険物ってほどのもんかよ?
「充分危険です。テオドラムが砂糖造りの秘密を守るためにどれだけの措置をとっているか、ご存じないのですか?」
「いや、知らんよ? それに何より、これをテオドラムの砂糖なんかと較べてもらっては困るな」
そう言って、俺は砂糖の塊――魔改造サトウキビの砂糖――を取り出して、三人に試食させる。
「これはっ……!」
「……雑味や混ざりものが全くない……」
「……前に舐めたなぁずっと昔だったが……こんなに美味くなかったような……」
一頻り味の品評をすませると、ホルンがこちらを向いた。
「これを売りに出されるおつもりですか?」
「テオドラムの砂糖は売れなくなりますよ?」
そうなればいいんだけどね……。
「残念ながら、現段階では俺の手作業みたいなもんだしな。テオドラム産の砂糖に取って代わるほどの量を供給できない」
できない理由を説明しておく。
「栽培の条件がちょっとややこしくて、他所で栽培できるか微妙なんだ。その点を改善できたら、こっちの方も量産を手伝ってもらおうとは思っているんだが……残念ながら、いつの事になるか見当がつかん」
「エール……いえビールを造るのに充分な量は提供して戴けるのですか?」
「あぁ、それくらいは大丈夫の筈だ」
「……安全な場所なんですか?」
「とある場所で極秘裏に栽培している……詳しく聞きたいか?」
そう問いかけると、三人とも凄い勢いで首を横に振った。……うん、そのほうが気が楽だぞ。
「で、お前たちに頼みたいのは、第一にビールの量産、第二にビールの販売ルートの確保、第三に砂糖の販売ルートの確保だ。砂糖はともかく、ビールの方は暑くなる頃が売り頃だから、それまでにある程度の量を造って欲しい」
「暑くなる頃……ですか?」
「暑い日に冷やしたビールを飲むのは美味いぞ~?」
そう言うと、三人は一斉に生唾を呑み込んだ。
「初夏の頃に祭りみたいなもんはないか? それを契機に売り出したいんだが」
「なら、五月祭でしょうか」
「……そうだな、五月祭がいいだろう」
五月祭?
「五月の最初の三日間に各地で催される、豊穣を願う祭りですよ。人間だと森から若木の枝を切って来て、それを村の畑に挿して、山の霊力が畑に移るのを願うんです。エルフは切ってきた若枝を集落の真ん中に挿して、皆でその周囲を輪になって踊り、森の力を取り込むんです」
「獣人もエルフと同じですね」
へぇ……どこでも同じような事を考えるもんだな。確かヨーロッパの五月祭も、元を辿れば同じような趣旨だった筈だ。日本の水口祭も同類だしな。
「人間の町で、大規模に五月祭を祝うのはどこだ?」
「ヴァザーリは火が消えたような状態ですし……バンクスとかサウランド、あるいはリーロットあたりじゃないですかね」
「ふむ……その町に、屋台のようなものは出せるかな?」
「問題無い筈です」
「ならば……売り方についてはもう少し考えるとして、その日までにある程度の数を確保して欲しいところだな」
「砂糖についてはどうします?」
「どのくらいのペースで生産できるかがまだ不明だ。その時になって販売を任せられる商人を、密かに物色しておくくらいでいいんじゃないか?」
そう言うと、三人とも頷いた。
「砂糖の件はそれでいいとして、エ……いや、ビール造りはどこに任せる?」
「シルヴァの森には酒造りに長けた者がいない」
「エドラも同じだ」
「残念ながらこっちもだな……」
おいおい、全滅か?
「……いっそ、ドランの連中に任せるか?」
「確かに、あそこなら酒造りはお手のものだろうが……」
ドラン?
「口を挟んで済まんが、そのドランというのはどんな連中なんだ?」
「はい。『神々の東回廊』の南端付近にあるエルフの村で、酒造りが盛んなところです。あの連中なら、新しい酒と聞いただけで飛びつくでしょうが……」
「……何か問題があるのか?」
「一言で言やぁ呑兵衛なんです。こんな美味い酒を造らされて、手を出さねぇわけがねぇってぐらい」
「エルフの皮を被ったドワーフというのが一致した見解ですからねぇ」
「ふん……ならばこう言ってやれ。同胞の解放に用いる酒を勝手に呑むような裏切り者が出たら、砂糖の供給も含めて、今後一切の交流を絶つ、とな」
少し強めに言ってみたが、三人ともそれもやむなしという顔付きだった。
「……協議会からの除名も臭わせておくか」
「それっくらい言ってやらんと真剣に受け取らんだろうぜ、あの連中は」
……大丈夫なのかね?




